「もうこんな歳か」が止まらない
金曜の夜、今週なにしたっけと思った話
金曜日の夜だった。
仕事が終わって、コンビニでビールとサラダチキンを買って帰って、風呂に入って、ベッドに横になった。
いつものルーティン。いつもの夜。
で、ふと思ったんです。
「今週、自分なにしたっけ」
月曜から金曜まで、ちゃんと会社に行った。メールを返して、会議に出て、資料を作って、雑談して、ランチ食べて、また会議して。
確かに「忙しかった」はずなんです。
でも、具体的に何を成し遂げたかと聞かれると、びっくりするほど何も出てこない。
「あれ、今週ってほんとに5日間あった?」
3日くらいの体感なんですよ、毎週。
で、この感覚が積み重なっていくと、ある日突然こうなる。
「え、もう今年終わるの?」
「え、もう30歳?」
「え、20代どこいった?」
人生があっという間に過ぎていく焦り。
この感覚、年を追うごとにひどくなってる気がします。
忙しいのに「何もしてない感」が残る理由
不思議なのは、「暇だった」わけじゃないということなんです。
毎日それなりに忙しい。やることはある。タスクは終わらない。
なのに、「何もしてない感」だけが残る。
これ、最初は「自分が要領悪いからだ」と思ってたんです。
でも、周りの人に聞いてみると、みんな同じこと言うんですよね。
「気づいたら一週間終わってた」「今年なにしたっけ」「なんかずっと忙しいのに、何も進んでない気がする」
……あれ? これ、個人の問題じゃなくて、もっと構造的な話なんじゃないか?
ある夜、ベッドの中でぼんやり考えていて、ちょっとだけ見えたことがあります。
人生が短く感じるのは、人生が短いからじゃない。
浪費してるから短く感じるんだ。
人生は短いんじゃない。浪費してるだけだ
お金の無駄遣いは気にするのに、時間は気にしない
考えてみたら、おかしな話なんですよ。
お金に関しては、僕たちはけっこう慎重じゃないですか。
無駄遣いしたら後悔する。家計簿つける人もいる。セールで安く買えたらちょっと嬉しい。
財布から1万円がなくなったら大騒ぎする。
でも、時間に関しては?
1時間ぼーっとSNSをスクロールしても、別に何も感じない。
2時間ダラダラ動画を見ても、「まあ、こんなもんか」で終わる。
休日を丸一日なんとなく過ごしても、「あー、終わったな」くらい。
お金も時間も、同じ「有限の財産」なのに、扱い方がまるで違う。
お金は減ったら気づくのに、時間は減っても気づかない。
なんでだろう、と考えたんですけど、たぶん時間は「見えない」からだと思います。
銀行の残高みたいに数字で表示されないから、どれだけ減っても実感がわかない。
でも確実に減ってるんですよ。毎日、毎時間、毎分。
もし人生の残り時間がスマホの通知で毎朝届いたら、たぶん僕たちの時間の使い方は激変する。
届かないから、なんとなく「まだまだある」と思って浪費してしまう。
これに気づいた時、ちょっとゾッとしました。
僕たちは自分の時間を「タダ」で配っている
もう一つ、気づいたことがあります。
僕たちは、自分の時間を驚くほど簡単に他人に差し出してる。
行きたくない飲み会に3時間。
意味があるのか分からない会議に1時間。
頼まれたら断れなくて引き受けた仕事に週末の半日。
誰かのSNSの投稿にモヤモヤして、そのことを考えてる時間に30分。
もし同じ時間を「お金」に換算したら、**「え、そんなに払ってたの?」**ってなると思います。
例えば時給1,500円で換算したら、行きたくない飲み会は4,500円の支出です。参加費じゃなくて、自分の時間を差し出すコストとして。
そう考えると、けっこうな額を「タダ」で配ってるんですよね。
自分の土地や財産が勝手に持ってかれたら全力で抵抗するくせに、自分の時間だけは、なぜか無抵抗で差し出してしまう。
「自分の時間がない」と苦しくなるのは、当たり前だったんです。
だって、自分で配ってるんだから。
「50歳になったらやる」は一生来ない
やりたいことを先延ばしにし続けた結果
僕には、ずっとやりたかったことがありました。
文章を書くこと。
でも、20代前半は「まだ早い」と思ってた。経験も知識も足りないから、今じゃないと。
20代半ばは「忙しい」を理由にした。仕事が落ち着いたら始めようと。
20代後半になって、ようやく気づいたんです。
「落ち着く日」なんて、一生来ない。
仕事が落ち着いたら、別の仕事が来る。忙しさが減ったら、別の忙しさが埋めてくる。
「いつかやろう」の「いつか」は、永遠に来ないんです。
これ、めちゃくちゃ怖い話だと思いません?
「50歳になったら旅行しよう」「定年したら趣味を始めよう」「もう少し余裕ができたら」
全部、未来の自分に丸投げしてるだけ。
しかも、その未来が確実に来る保証なんて、どこにもない。
明日事故に遭うかもしれない。来年大きな病気になるかもしれない。
長生きできる前提で人生設計してるけど、その前提自体がめちゃくちゃ危ういんです。
これに気づいた夜、僕はとりあえずスマホのメモ帳を開いて、思いついたことを書き殴りました。
それがこのブログの原点です。
クオリティなんて最初はどうでもよかった。「始める」ことだけが大事だった。
やりたいことを先延ばしにして後悔するのは、もう終わりにしたかったんです。
長生きできる保証なんて、どこにもない
ちょっと重い話をします。
去年、知り合いが急に亡くなりました。
40代。特に持病もなかった。ある日突然、心臓が止まった。
葬儀の帰り道、電車の中で考えてたんです。
あの人は、「来年こそは」って思ってたことがあったんだろうか。
「いつか行きたい場所」「いつか会いたい人」「いつか始めたいこと」
そういうのが全部、「いつか」のまま終わったんだろうか。
もちろん、僕にはそれは分からない。
でも、自分に置き換えた時に、背筋が冷たくなったんです。
僕も同じことをしてる。「いつかやろう」を積み重ねて、今日という日を「こなす」だけで消費してる。
人生が短いんじゃない。「明日がある」と思い込んで、今日を浪費してるから短く感じるんだ。
この感覚は、あの葬儀の帰り道からずっと、僕の中に居座っています。
おかげで、先延ばしにする回数がちょっと減りました。ちょっとだけですけど。
過去は「恥ずかしいもの」じゃなくて「財産」だった
過去を振り返れない人ほど、人生が短く感じる
ここからは「過去」の話をさせてください。
僕、過去を振り返るのが苦手だったんです。
だって、恥ずかしいことだらけじゃないですか。
中学時代の黒歴史。大学で調子に乗ってた時期。社会人1年目のポンコツっぷり。あの恋愛の失敗。あの夜の余計な一言。
思い出すだけで布団の中で「うわあああ」ってなるやつ。
だから、過去にはなるべく目を向けないようにしてた。前を向いて、今と未来だけ見てればいいと思ってた。
でも、ある時ふと気づいたんです。
過去を振り返らないから、人生が短く感じるんじゃないか?
考えてみてください。
「今週なにしたっけ」が思い出せないのは、振り返ってないからです。
「今年なにしたっけ」が出てこないのは、過去をまるごと無視してるからです。
過去を見ないということは、自分が生きてきた時間を「なかったこと」にしてるのと同じ。
そりゃ人生短く感じますよね。存在してる時間の大半を、なかったことにしてるんだから。
過去をじっくり眺める夜
で、試しに、意識的に過去を振り返る時間を作ってみたんです。
夜、寝る前に10分くらい。
「今日は何をしたか」「今週は何があったか」「去年の今頃、何を考えてたか」
最初はしんどかったです。恥ずかしい記憶もバンバン出てくるし。
でも、続けていくうちに、面白いことに気づいた。
過去って、「やらかした記憶」だけじゃなかったんです。
「あの時、思い切って声をかけてよかったな」とか。
「あのプロジェクト、しんどかったけど達成感あったな」とか。
「あの日食べたラーメン、なぜかめちゃくちゃ美味かったな」とか。
忘れてただけで、ちゃんと「良かった時間」もそこにあった。
過去は、未来と違って変わらない。誰にも奪えない。不確実じゃない。
もう確定してる、自分だけの財産。
そう思ったら、過去に対する見方がちょっと変わりました。
「恥ずかしいもの」じゃなくて、「自分が生きてきた証拠」。
嫌な記憶も含めて、全部ひっくるめて、僕が生きてきた時間そのもの。
それをじっくり眺めることで、「ちゃんと生きてきたんだな」と思えるようになった。
そしたら不思議なことに、人生が少しだけ「長く」感じるようになったんです。
「忙しい」と「生きてる」は全然違う
1000回の「こなす」より、1回の「本当にやりたいこと」
ここで一つ、めちゃくちゃ大事なことを書きます。
「忙しい」と「生きてる」は、全然違います。
忙しいのは、タスクが多いだけ。予定が埋まってるだけ。手が動いてるだけ。
でも「生きてる」は、自分の意志で、自分の時間を使ってる状態。
この二つ、似てるようで全く別物なんです。
僕は長い間、「忙しい=充実してる」と勘違いしてました。
予定がパンパンに詰まってると、なんか頑張ってる気がして安心する。
でも、その「忙しさ」の中身を冷静に見ると、本当に自分がやりたかったことなんて、ほとんど入ってなかった。
誰かに頼まれた仕事。断れなかった予定。なんとなくの習慣。惰性のSNSチェック。
全部、「自分のため」じゃなくて「誰かのため」か「なんとなく」の時間。
1000回の「こなす」をやっても、心は満たされない。
でも、1回の「本当にやりたいこと」は、たった30分でも人生を充実させてくれる。
僕にとってそれは、夜中に一人で文章を書くこと。
誰にも頼まれてないし、締め切りもないし、お金にもならない。
でも、この時間だけは確実に**「自分の時間」**です。
「忙しいだけで何もしてない」感覚が消えるのは、こういう時間を一つ持てた時だと思います。
勝ち負けを降りて、自分の時間を取り戻す
あと、これも最近やっと分かったことなんですけど。
「他人と比べてる時間」って、全部浪費です。
SNSを開いて、同級生の近況を見て、「あいつもう結婚したのか」「あの子、転職成功してるじゃん」「同期なのに差がついてきたな」って。
その時間、完全に他人の人生に自分の時間を差し出してるわけです。
勝った負けた、上だ下だ、って考えてる間、自分の人生は1ミリも前に進んでない。
むしろ、比べれば比べるほど、自分の時間が吸い取られていく。
だから僕は、意識的に「比較」から降りるようにしました。
完全に降りるのは無理です。人間だし。でも、「あ、今、比べてるな」と気づくことはできる。
気づいた瞬間にスマホを閉じる。それだけで、5分、10分、自分の時間が戻ってくる。
人生が短いと嘆く前に、自分の時間を他人に配るのをやめる。
それだけで、体感の人生はだいぶ変わると思っています。
答えは出ない。でも、明日の時間の使い方は変えられる
全部わかる必要はない
ここまで偉そうに書いてきましたけど、白状します。
僕も全然できてないです。
相変わらずSNSはダラダラ見ちゃうし、行きたくない飲み会に行っちゃうし、「今日も何もしなかったな」と思いながら寝る夜は普通にある。
「時間を大切にしろ」と自分で書いておきながら、大切にできてない日のほうが多い。
でも、それでいいんだと思うんです。
完璧に時間を管理できる人間なんて、たぶんいない。
大事なのは、「今日の時間の使い方、どうだった?」と振り返る瞬間を持つことだけ。
毎日じゃなくてもいい。週に一回でもいい。月に一回でもいい。
「あ、今週ちょっと浪費したな」と気づければ、来週の過ごし方が少しだけ変わる。
それだけで十分じゃないですか。
人生の時間の使い方なんて、誰も教えてくれない。学校でも会社でも、そんな授業はない。
自分で一生かけて学んでいくしかないんです。
だから、今夜こうやって考えてる時間は、無駄じゃない。
むしろ、「自分の人生をどう使うか」を考えてる今この瞬間が、一番「生きてる」時間かもしれない。
同じ夜を過ごしている人へ
最後に。
もし今、夜中にスマホでこの記事を読んでくれているなら。
たぶん、あなたも感じてるんだと思います。
「このまま時間が過ぎていくのが怖い」って。
分かります。僕もそうです。
「人生って短いな」と思うたびに、焦りと後悔がセットでやってくる。
でも、そう感じてる時点で、あなたはたぶん大丈夫です。
だって、「このままじゃいけない」と思ってる人は、もう動き始めてるから。
時間の使い方を完璧にする必要はない。ただ、「自分の時間」と呼べる瞬間を、一日の中に一つだけ作る。
それが30分でも、10分でも、5分でもいい。
誰にも頼まれてないけど、自分がやりたいこと。それをやってる時間。
その一つが、人生を「短い」から「ちゃんと生きてる」に変えてくれる。
……と、僕は信じてます。信じてるだけですけど。
さて、こんなことを夜中に書いてたら、もうこんな時間だ。
明日も月曜日が来る。
でも、来週の金曜の夜には、「今週は一つだけ、自分のために時間を使えたな」と思えるようにしたい。
そのために、まず明日の朝、5分だけ早く起きてみようかな。
……たぶん起きれないけど。
おやすみなさい。



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