「これさえ手に入れば幸せ」はなぜ外れる?人間が未来の感情を読めない理由

欲しいものを得た未来の幸福を実際より大きく想像し、現実との感情の差に戸惑う様子を表したイラスト 生き方・考え方

「この仕事に就けたら、今よりずっと幸せになれる」

「恋人ができたら、毎日が変わる」

「もう少し収入が増えれば」「この家に住めれば」「あれを買えれば」。欲しいものや達成したい目標を前にすると、それを手に入れた未来が今とはまるで別の生活に見えることがあります。

実際、目標を達成したり、欲しかったものを手に入れたりすれば、うれしいことはあります。だから「どうせ何を手に入れても幸せにはなれない」という話ではありません。

それでも、期待していたほど幸福感が大きくなかったり、思っていたより早く日常へ戻ったりすることがある。心理学では、その理由の一つとして**感情予測(affective forecasting)**のズレが研究されています。

人は未来の感情をまったく予測できないわけではありません。ただ、未来を思い描くときに「これから変わる一つの条件」へ注意が集まり、その後も続く普通の日常、別の出来事、人間関係、自分自身の慣れや意味づけまでを十分に計算へ入れにくい。その結果、「良くなる」という方向は合っていても、どれほど強く、どれほど長く幸せになるのかを大きく見積もることがあります。

僕がこのテーマを調べていて気になったのは、人間が単純に未来予測を苦手としているわけではない点でした。むしろ、未来を想像するときの「見え方」にかなり特徴があるようです。

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「これさえ手に入れば」と考えるとき、僕たちは未来の感情を予測している

明日の天気を予想するように、僕たちは自分の感情についても日常的に予測しています。

「この試験に受かったらうれしいだろう」「転職に失敗したらかなり落ち込むだろう」「旅行へ行けば気分転換になるだろう」。こうした、未来の出来事に対して自分がどんな感情を持つかという予測が感情予測です。

Timothy D. WilsonとDaniel T. Gilbertは、感情予測についてのレビューで、人は多くの意思決定を「その結果、自分はどう感じるか」という予想に基づいて行っていると整理しています。同時に、未来の出来事が感情へ与える影響を実際より大きく見積もるインパクト・バイアスが多くの研究で報告されてきました。Wilson & Gilbert (2005)

ただ、「予測を外す」といっても一種類ではありません。

たとえば、昇進すれば今よりうれしいという方向は当たっていても、その喜びがどれほど強いかを大きく予測することがあります。あるいは、試験に落ちれば落ち込むこと自体は当たっていても、「何週間も何も手につかない」と持続時間を長く見積もるかもしれません。

初期の感情予測研究では、特にこうした感情の強さや持続時間の過大予測が注目されてきました。たとえばGilbertらの1998年の研究は、嫌な出来事のあとに働く心理的な対処や意味づけを、予測するときには十分に見込まない「immune neglect(心理的免疫の軽視)」を示しています。Gilbert et al. (1998)

嫌なことが起きたあと、人はただ同じ強さで落ち込み続けるとは限りません。状況を解釈し直したり、別のことへ注意が移ったり、生活そのものが先へ進んだりします。未来を予想する側の自分は、その「未来の自分がすること」をうまく想像できない場合があるわけです。

一方で、近年の研究を見れば、「人は未来の感情をいつも過大評価する」とまで言うのは強すぎます。2024年のレビューでは、最近の感情予測研究でも過大評価、過小評価、明確な誤差なしという結果が混在し、感情をどう測るかによって結果が変わる可能性が整理されています。Patel & Urry (2024)

だからといって、人間には「未来の感情が読めない」という万能の欠陥があるわけではありません。ある種類の未来を想像するときに、予測が膨らみやすくなる条件がある、というくらいに捉えるのがよさそうです。

未来を想像すると「変わる一点」だけが大きく見える

「この会社に入れたら」「この人と付き合えたら」「もっと広い家へ移れたら」と考えているとき、未来の映像にはその変化が大きく映ります。

けれども、本当にその未来が来たとしても、生活の全部が同時に変わるわけではありません。起きる時間、仕事の締め切り、家事、体調、人間関係、予定外の出来事など、変わらないものも大量に残ります。

感情予測研究では、この「一つの出来事へ注意が集まりすぎること」が**focalism(焦点化)**として研究されています。

Wilsonらが2000年に行った研究では、大学フットボールのファンに試合結果後の幸福感を予測してもらいました。その際、試合以外に将来自分がどんな活動をしているかも先に考えてもらうと、試合結果の影響が長く続くという過大予測が弱まりました。Wilson et al. (2000)

試合が終わった未来にも、授業があり、友人との時間があり、別の予定があり、次の出来事が起こります。未来を「試合結果だけ」で考えたときより、それ以外の生活を戻してやると予測が変わったわけです。

この仕組みを理解するうえで、David A. SchkadeとDaniel Kahnemanの研究も分かりやすい例です。中西部と南カリフォルニアの学生を調べたところ、本人たちが報告した全体的な生活満足度には地域間で差がなかった一方、別地域の人の幸福を予想すると、カリフォルニアに住む人のほうが幸せだと判断されました。気候など、地域を比べたときに目につきやすい違いへ重みが置かれたのです。Schkade & Kahneman (1998)

もちろん、これは「カリフォルニアへ引っ越しても何も変わらない」という研究ではありません。重要なのは、比較すると目立つ差が、生活全体を評価するときにも実際以上に大きく見えることがあるという点です。

大学の寮を扱った別の研究でも似たことが起きています。Elizabeth W. Dunnらは、学生が将来住む寮の満足度を予測するとき、寮ごとの差が大きく分かりやすい物理的特徴へ強い重みを置く一方、実際の幸福に重要だと本人たちも認識していた社会的特徴を十分に反映できていないことを報告しました。Dunn, Wilson & Gilbert (2003)

僕は、この三つの研究を並べると「未来を一枚絵として想像している」というより、現在との差分だけを拡大して見ていると考えるほうが分かりやすいと思います。

転職を考えているときには「仕事内容や収入が変わる未来」が大きく見える。引っ越しを考えているときには「部屋や街が変わる未来」が大きく見える。恋愛なら「恋人がいる未来」が大きくなる。ところが実際の未来には、その差分以外の何百もの要素も一緒に存在します。

「これさえ変われば」という感覚が強いときほど、その一つが未来の画面を占領していないかは気になります。

欲しいものは本当に幸せをくれないのか

ここで少し話を絞って、「欲しい物を買う」というかなり身近なケースを見てみます。

「この商品があれば生活が便利になる」という期待なら、かなり具体的です。実際に便利になることもあるでしょう。ところが、「これを持てば自分が変わる」「毎日がもっと楽しくなる」「人からの見られ方が変わる」となると、商品一つが担う役割は急に大きくなります。

Marsha L. Richinsは2013年の研究で、商品を欲しがっているときと購入後の感情を調べました。2つの横断研究と1つの縦断研究で、物質主義傾向が高い消費者では、購入前に商品によって引き起こされる肯定的な感情が高まり、購入後には低下するパターンが一貫して見られました。Richins (2013)

Richinsが注目したのは、単に「買う前が楽しく、買ったら飽きた」という変化だけではありません。欲しい商品を手に入れることで、自分自身、人間関係、楽しさ、生活の効率などが大きく変わるという**transformation expectations(変容への期待)**です。

商品そのものだけでなく、「その商品を持っている自分の未来」まで一緒に欲しくなっている場合があるわけです。

ただし、この研究結果を「買い物では幸せになれない」と全員へ広げるのは無理があります。研究で購入前後の感情上昇と低下が特にはっきりしていたのは、物質主義傾向が高い人たちでした。低い人たちでは同じパターンは見られていません。

また、先ほどの寮研究でも、住環境の物理的な違いが無意味だったわけではありません。学生が未来の満足を予測するとき、寮どうしを区別しやすい特徴へ、実際以上の重みを置いたことが問題でした。

この二つを合わせると、「物に価値はない」ではなく、もう少し限定した話になります。

欲しい物や環境の改善は、本当に生活を良くすることがあります。ただ、その対象が「便利になる」「快適になる」という役割を越えて、「これで人生全体が変わる」という役割まで背負い始めると、未来の感情を大きく見積もりやすくなる。

タイトルの「これさえ手に入れば幸せ」が外れるとすれば、「幸せ」が嘘なのではなく、「これさえ」の部分が大きすぎるのかもしれません。

人は慣れる。でも「何があっても元通り」ではない

こういう話をすると、よく「人間は何にでも慣れるから」で説明したくなります。

たしかに、同じ刺激や生活条件が続けば、最初ほど強く感じなくなることはあります。幸福研究でも、人生の出来事に反応したあと、生活満足度が以前の水準へ近づいていく適応が研究されてきました。

ただし、ここで感情予測のズレと適応を同じものにしてしまうと、話が雑になります。

焦点化は、まだ起きていない未来を想像するときに、一つの出来事へ注意を寄せすぎる問題です。適応は、出来事が実際に起きたあと、時間とともに感情や生活満足度がどう変化するかという問題です。予測が外れる理由の一部として適応を見落とすことはあっても、二つは同義ではありません。

さらに、「人はどんな出来事にも慣れて、必ず元の幸福度へ戻る」という考えも、研究には合いません。

Richard E. Lucasらは、2万4000人を超える人々を15年間追跡したデータを使い、結婚など婚姻状態の変化と生活満足度を調べました。平均で見ると出来事への反応後に基準へ戻る傾向はありましたが、個人差は大きく、何年たっても以前の水準から離れたままの人もいました。Lucas et al. (2003)

同じ研究グループが失業について調べた分析では、失業後の生活満足度は時間とともに以前の水準へ近づいたものの、平均では再就職後も完全には元へ戻りませんでした。Lucas et al. (2004)

この結果は、「どうせ慣れるから、何が起きても長期的には同じ」という見方へのかなり重要な注意になります。

人生の出来事は、長く影響を残すことがあります。人によって反応も回復も違います。だから、「新しい家も結婚も昇進も失業も、どうせ全部慣れてゼロになる」とまとめることはできません。

感情予測研究から言えるのは、もう少し控えめです。僕たちは未来を予測するとき、その出来事が起きた後にも自分や生活が動き続けることを、十分に想像できない場合がある。それは「何が起きても無意味」という話とはかなり違います。

「人は未来の感情を読めない」は、どこまで本当か

ここまで読むと、「では心理学では、人間が未来の感情を過大評価することはもう証明済みなのか」と思うかもしれません。

この点は、研究者の間でもかなり議論されています。

Linda J. Levineらは2012年、感情予測研究で報告されてきた「強度の過大予測」の一部が、質問の仕方によって大きく見えている可能性を指摘しました。Levine et al. (2012)

たとえば未来を予測するとき、「試験の結果についてどんな気持ちになるか」と考えているのに、実際の経験を測るときには「その時点で全体としてどんな気分か」を尋ねたとします。予測では試験に焦点を当て、実測では生活全体の気分を答えているなら、二つは完全に同じものを測っていません。

Levineらは、焦点となる出来事についての感情を予測させ、実際にも同じ出来事についての感情を尋ねると、予測はもっと正確になる場合があると主張しました。つまり「人は出来事について自分がどう感じるか」よりも、「その出来事が自分の感情状態全体をどれほど支配するか」を大きく見積もっている可能性があります。

これに対してWilsonとGilbertは2013年、Levineらのメタ分析で除外された研究や分類方法などを問題視し、インパクト・バイアスを支持する証拠は依然として残っていると反論しました。Wilson & Gilbert (2013)

この論争は、「強度バイアスは測定上の幻だった」で決着したわけでも、「昔から言われているインパクト・バイアスはどんな測り方でも常に出る」で決着したわけでもありません。

2024年のPatelとUrryのミニレビューも、この状況をかなり慎重にまとめています。最近の研究を見ても、予測より感情を強く感じた研究、弱く感じた研究、明確な誤差が出なかった研究があり、個別の感情を測るのか、肯定的・否定的感情のような広い尺度へまとめるのかといった測定アプローチの違いが結果のばらつきに関係している可能性があります。ただし、このレビュー自体も選択的なミニレビューで、測定方法が誤差の違いを生むと確定したわけではないと明記しています。Patel & Urry (2024)

ここまで来ると、タイトルの「人間が未来の感情を読めない理由」という言い方も、そのまま受け取らないほうがよさそうです。

僕たちは未来の感情を何も読めないわけではありません。「合格すればうれしい」「別れれば悲しい」といった方向は分かることも多いし、条件によっては強さもかなり正確に予測できます。

それでも、ある出来事だけを未来の中心に置いて、その出来事が生活全体へ与える影響や持続時間を考えるときにはズレが生まれやすい。研究をかなり慎重に読んでも、この部分は残ります。

「これさえ」を一つの条件に戻すと、未来の見え方は少し変わる

では、「これさえ手に入れば幸せ」と思ったとき、どう考えればいいのでしょう。

僕は、欲しいものを否定する必要はないと思います。昇進したいなら昇進したいでいいし、住みたい家があるなら、それを目指すこと自体を感情予測研究が否定しているわけではありません。

むしろ気をつけたいのは、一つの条件が変わった未来を、生活全体が変わった未来として扱っていないかです。

Wilsonらの焦点化研究では、焦点となる出来事以外に、未来にどんな活動をしているかを考えさせるだけでも、感情が長く続くという過大予測が弱まりました。これは人生の万能テクニックではありませんが、考え方のヒントにはなります。Wilson et al. (2000)

たとえば「転職できた未来」を考えるなら、内定通知を受け取った瞬間だけではなく、その数か月後の普通の平日まで置いてみる。新しい仕事の内容だけでなく、朝起きること、移動すること、人と話すこと、家へ帰ること、別の悩みが出てくることも含めて考える。

「家を買った未来」なら、鍵を受け取る日の高揚感ではなく、その家で何度も繰り返す普通の一日まで想像してみる。

そうすると、目標の価値が消えるわけではありません。ただ「これを手に入れれば人生の幸福度が丸ごと変わる」という一枚絵から、「生活の一つの条件が良くなる」という現実的な大きさへ戻しやすくなります。

もう一つ、この「これさえ」が自分の内側から出てきた条件なのかは、別の問題として残ります。収入、肩書き、結婚、持ち家といった条件は、他人と比べたり、「この年齢ならこうあるべき」という基準に触れたりするうちに、急に重要に見えることがあります。そうした背景は「なぜ他人と比べてしまうのか?社会的比較が苦しくなる理由と使い方」や「『普通の人生』とは誰が決めたのか?就職・結婚・年齢の『社会の基準』を考える」で別に扱っています。

僕自身、このテーマを調べて残ったのは「欲しいものを疑う」というより、その一つに未来の幸福を全部背負わせていないかを疑うくらいがちょうどいい、という感覚でした。欲しいものの価値を小さくする必要はありません。むしろ、そこに背負わせていた「その後の毎日」まで一緒に眺めてみる。そのくらいの距離が、このテーマには合っている気がします。

参考文献・出典

  • Wilson, T. D., & Gilbert, D. T. (2005). “Affective Forecasting: Knowing What to Want.” Current Directions in Psychological Science, 14(3), 131–134. https://doi.org/10.1111/j.0963-7214.2005.00355.x
  • Gilbert, D. T., Pinel, E. C., Wilson, T. D., Blumberg, S. J., & Wheatley, T. P. (1998). “Immune neglect: A source of durability bias in affective forecasting.” Journal of Personality and Social Psychology, 75(3), 617–638. https://doi.org/10.1037/0022-3514.75.3.617
  • Wilson, T. D., Wheatley, T., Meyers, J. M., Gilbert, D. T., & Axsom, D. (2000). “Focalism: A source of durability bias in affective forecasting.” Journal of Personality and Social Psychology, 78(5), 821–836. https://doi.org/10.1037/0022-3514.78.5.821
  • Schkade, D. A., & Kahneman, D. (1998). “Does Living in California Make People Happy? A Focusing Illusion in Judgments of Life Satisfaction.” Psychological Science, 9(5), 340–346. https://doi.org/10.1111/1467-9280.00066
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  • Richins, M. L. (2013). “When Wanting Is Better than Having: Materialism, Transformation Expectations, and Product-Evoked Emotions in the Purchase Process.” Journal of Consumer Research, 40(1), 1–18. https://doi.org/10.1086/669256
  • Lucas, R. E., Clark, A. E., Georgellis, Y., & Diener, E. (2003). “Reexamining adaptation and the set point model of happiness: Reactions to changes in marital status.” Journal of Personality and Social Psychology, 84(3), 527–539. https://doi.org/10.1037/0022-3514.84.3.527
  • Lucas, R. E., Clark, A. E., Georgellis, Y., & Diener, E. (2004). “Unemployment Alters the Set Point for Life Satisfaction.” Psychological Science, 15(1), 8–13. https://doi.org/10.1111/j.0963-7214.2004.01501002.x
  • Levine, L. J., Lench, H. C., Kaplan, R. L., & Safer, M. A. (2012). “Accuracy and artifact: Reexamining the intensity bias in affective forecasting.” Journal of Personality and Social Psychology, 103(4), 584–605. https://doi.org/10.1037/a0029544
  • Wilson, T. D., & Gilbert, D. T. (2013). “The impact bias is alive and well.” Journal of Personality and Social Psychology, 105(5), 740–748. https://doi.org/10.1037/a0032662
  • Patel, P., & Urry, H. L. (2024). “Discrete and dimensional approaches to affective forecasting errors.” Frontiers in Psychology, 15, 1412398. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2024.1412398

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