「やった後悔より、やらなかった後悔のほうが大きい」。
そんな言葉を聞いたことがある人は多いと思います。進学、転職、告白、旅行、何かへの挑戦。迷っているとき、この言葉は背中を押してくれる一方で、少し乱暴にも聞こえます。失敗したら取り返しがつかない選択だってあるからです。
心理学の研究では、本当に「しなかったこと」のほうが長く後悔されるのでしょうか。
調べてみると、答えは単純な二択ではありませんでした。1990年代の古典的な研究では、短期では「したこと」の後悔が強く、時間がたつと「しなかったこと」の後悔が相対的に重くなるというパターンが示されています。ただし、近年の大規模な再現研究まで見ると、「長期では必ず、しなかったことのほうを強く後悔する」とまでは言えません。
大事なのは、「どちらが勝つか」よりも、後悔の重心が時間とともにどう動くかを見ることなのだと思います。
「した後悔」と「しなかった後悔」は、時間で形が変わる
後悔の研究でよく引用されるのが、心理学者Thomas GilovichとVictoria Husted Medvecによる1994年の研究です。論文の題名は“The Temporal Pattern to the Experience of Regret”。直訳すれば「後悔経験の時間的パターン」といった内容です。
この研究が面白いのは、「人は行動したことと、行動しなかったことのどちらを後悔するか」という問いを、時間軸に分けて考えた点です。
たとえば、何かをして失敗した直後なら、「あんなことをしなければよかった」と考えやすい。ところが人生を長い目で振り返ると、「あのとき挑戦しておけばよかった」「あの人に気持ちを伝えておけばよかった」といった、しなかったことへの後悔が目立ちやすくなる。GilovichとMedvecは、電話調査や質問紙、面接、シナリオ実験など複数の方法を使って、この違いを検討しました。
翌1995年には、2人が“The Experience of Regret: What, When, and Why”というレビュー論文で研究を整理しています。そこで示された基本的な考え方は、行動の後悔は短期で強まりやすく、不行動の後悔は長期で残りやすいというものです。
ここだけを読むと、よくある「やった後悔より、やらなかった後悔」という言葉が、そのまま証明されたようにも見えます。けれど研究で言われているのは、「すべての人が」「どんな出来事でも」「時間がたてば必ず」しなかったことを強く後悔する、という話ではありません。
短期と長期で後悔の相対的な比重が変わる傾向がある、というのが近い表現です。この区別を外すと、研究結果が人生訓へ一気に変わってしまいます。
なぜ直後は「したこと」のほうが痛みやすいのか
何かをした結果、悪いことが起きたとします。
転職したら前の職場のほうがよかった。ある商品を買ったら期待外れだった。こちらから関係を終わらせたあとで、その判断を悔やんだ。こうした場面では、「自分が別の行動を選んでいれば、この結果は起きなかった」と考えやすくなります。
心理学では、現実とは違う展開を頭の中で思い浮かべることを「反実仮想」と呼びます。「もしあのとき別の選択をしていたら」という考えです。行動した直後は、実際に自分が取った行動と、その結果とのつながりが見えやすい。そのぶん責任も感じやすく、後悔が強くなりやすいと考えられます。
ただし、短期に「したこと」を悔やみやすい傾向も、社会規範によって変わり得ます。Gilad FeldmanとDolores Albarracínによる2017年の4つの実験では、行動を支持する社会規範があると、action-effectは弱まるか、条件によっては逆転しました。行動したというだけで、いつでも同じ強さの後悔が生まれるわけではありません。
1995年のGilovichとMedvecのレビューでも、行動の後悔と不行動の後悔では、時間がたつにつれて受ける心理的な処理が違うと整理されています。
行動して失敗した場合、人はそのあと何かしらの対応を取れることがあります。謝る、修正する、別の方法を試す、損失を埋める。現実的に修正できなくても、「あの時点では仕方がなかった」と理由をつけたり、その経験から得たものを見つけたりして、心理的に整理することがあります。
もちろん、すべての失敗を立て直せるわけではありません。それでも「自分は実際に何かをした」という出来事には、結果だけでなく、その後の修正や意味づけが生まれる余地があります。
一方で、何もしなかった場合には、選ばなかった道の実際の結果を確かめることができません。この「確かめようがない」という違いが、時間がたった後の後悔に影響してきます。
時間がたつと「しなかったこと」が残りやすくなる理由
転職しなかった場合、その会社で本当にうまくいったかは分からない。告白しなかった相手と付き合えたかどうかも分からない。留学しなかった人は、留学していたら人生がどう変わったかを確認できません。
確認できないからこそ、「うまくいったかもしれない」という可能性だけが残ります。
GilovichとMedvecは、時間の経過とともに、選ばなかった道を実際以上によく想像してしまう可能性を指摘しています。同時に、当時行動しなかった理由は、あとから振り返ると弱く見えやすいとも考えました。
当時は怖かった。お金がなかった。自信がなかった。忙しかった。相手の反応が怖かった。
その場では十分に重かった理由でも、何年もあとから振り返ると、その切迫感までは再現できません。「なぜあの程度のことで動かなかったんだろう」と感じてしまうことがあります。
ここは、後悔の少し厄介なところです。過去の自分が持っていた情報や不安を、現在の自分は完全には再現できません。それなのに、結果を知った現在の視点から過去を評価してしまいます。
さらに、しなかった選択には現実の失敗例もありません。挑戦していれば失敗していた可能性もあるのに、その失敗は起きていないので見えません。残るのは、ときに都合よく整えられた「別の人生」です。
だからこそ、不行動の後悔は時間がたってから膨らむことがあるのでしょう。
ただし、この説明をそのまま「だから何でもやったほうがいい」と受け取るのは早すぎます。実際、近年の再現研究を見ると、古典研究ほどきれいには分かれませんでした。
でも「やらなかった後悔のほうが長く残る」と言い切っていいのか
古典研究は有名になりましたが、心理学では一つの研究結果だけで結論を固定するのは危険です。同じような条件で追試して、似た結果が出るかを見る必要があります。
2022年、Siu Kit YeungとGilad FeldmanはGilovichとMedvecの1994年研究を再検討する事前登録研究を発表しました。米国のオンライン参加者988人を対象に、元研究で使われた複数の方法を再現しています。
結果は「完全に同じ」ではなく、4つの研究パラダイムのうち3つでは、短期から長期へ移ると行動後悔より不行動後悔の重みが増すという元の時間的パターンを支持したものの、効果は元研究より弱く、1つでは支持されませんでした。
さらに、「不行動の後悔が多く挙がること」と「一件あたりの後悔が強いこと」も同じではありません。Julie Feldman、John Miyamoto、Elizabeth F. Loftusによる1999年の研究では、現実の人生について不行動の後悔はより多く報告された一方、行動と不行動の後悔の強さは同程度でした。数と強度を一緒にしてしまうと、「しなかった後悔のほうが大きい」という結論を必要以上に強めてしまいます。
さらに2023年、Jerry RichardsonとThomas Gilovichは、シカゴの心理学ミュージアムを訪れた2,600人のデータを使い、1994年研究の一部を大規模に再現しました。論文は“A Very Public Replication of the Temporal Pattern to People’s Regrets”として公開されています。
比較するときは、条件が同じではない点も押さえておく必要があります。1994年の同種のStudy 5は32人と小規模でした。2023年の再現は2,600人と大きい一方、シカゴのMindworks来館者を対象にしたフィールド標本で、代表標本ではなく、原研究とは調査デザインにも違いがあります。
参加者は「ここ数日」の後悔、または「これまでの人生」の後悔を考え、したこととしなかったことのどちらをより強く後悔しているかを答えました。
短期では、58%が「したこと」の後悔のほうに強く悩まされていると回答し、42%が「しなかったこと」を選びました。ここでは行動後悔のほうが明確に多くなっています。
長期では「したこと」が51%、「しなかったこと」が49%で、ほぼ半々でした。この差は統計的に有意ではありません。一方、短期と長期を比べたときに行動/不行動の後悔のバランスが変化するという時間的な交互作用そのものは有意でした。時間がたつほど「したこと」の後悔の優位が弱まり、不行動側へ重心が移るという古典研究の核は再現されたものの、長期では不行動後悔のほうが強いという単純な差までは再現されなかった、ということです。
原研究の同種の調査では、長期の後悔について不行動を選んだ人が大きく上回っていました。ところが2,600人規模の再現では49%です。この違いを無視して「科学的に、やらなかった後悔のほうが長く残ることが証明されている」と書くのは、さすがに強すぎます。
僕はここを調べていて、「有名な結論ほど、再現研究まで見たほうがいい」という当たり前のことを改めて感じました。今回の研究群から比較的安全に言えるのは、長期になると必ず不行動が勝つことではなく、時間の経過によって後悔のバランスが不行動側へ動きやすいことです。似ているようで、結論としてはかなり違います。
日本でも「しなかった後悔」は残りやすいのか
ここまでの話を読んで、「それは行動を重視するアメリカ文化だからでは?」と思う人もいるかもしれません。この疑問を検討したのが、Thomas Gilovich、Ranxiao Frances Wang、Dennis Regan、Sadafumi Nishinaによる2003年の“Regrets of Action and Inaction Across Cultures”です。
研究では、中国、日本、ロシアという3つの文化圏で5つの調査・研究を行い、米国で報告されていた傾向が他文化でも見られるかを調べました。結果として、3文化の参加者でも、人生を長い目で振り返ったときには、行動したことより不行動を後悔する傾向が報告されています。
日本も対象に含まれているため、「米国だけで出た現象」と片づけることはできません。
ただし、この研究は2003年のものです。参加者や調査条件も限定されています。ここから「2026年の日本人も全員同じ」と一般化するのは無理があります。
文化は一枚岩ではありませんし、同じ日本人でも年齢、職業、家族状況、経済状況、何を大切にしているかで後悔の内容は変わります。
この研究から言えるのは、日本を含む複数文化でも長期の不行動後悔が報告されており、「完全に米国文化固有の現象」とは考えにくい、という程度でしょう。
後悔を長引かせるのは「しなかったこと」だけではない
ここまで行動と不行動を分けて見てきましたが、現実の後悔はこの二択だけでは説明できません。
たとえば同じ「しなかったこと」でも、何年たっても思い出すものと、ほとんど忘れてしまうものがあります。逆に、実際にやってしまったことでも、長く残り続ける後悔はあります。
何が違うのでしょうか。
2009年、Denise R. Beike、Keith D. Markman、Figen Karadoganは、“What We Regret Most Are Lost Opportunities: A Theory of Regret Intensity”という研究を発表しました。
この研究で注目されたのは「失われた機会」です。
過去には変えられたかもしれないのに、今ではもう変えられない。やり直す機会もなく、心理的にも区切りがついていない。そうした出来事ほど後悔が強くなりやすいことが示されました。
これを考えると、「しなかったから後悔する」というより、もう取り戻せない可能性になったから残る場合があることが分かります。
若いころに行かなかった旅行なら、似た旅をあとからできるかもしれません。受けなかった資格試験なら、来年受けられるかもしれない。ところが、ある年齢でしか参加できなかった機会、もう会えない相手との関係、終わってしまった時期にしかできなかった選択は、あとから同じ形では取り戻せません。
「もう二度と同じ機会は来ない」という感覚は、後悔を強める一因になり得ます。
2018年には、Shai DavidaiとThomas Gilovichが“The Ideal Road Not Taken”で、長く残る後悔と「理想の自分」との関係を調べています。
この研究では、義務や責任を果たせなかったことに関する後悔よりも、「本当はこうなりたかった」「こんなことをしてみたかった」という理想自己に関する後悔のほうが、持続的な後悔として多く報告されました。
この視点を入れると、不行動の後悔が長く残りやすい理由も少し見え方が変わります。
僕たちが悔やんでいるのは、単に「何もしなかった」という事実ではなく、その先にあったかもしれない自分の可能性なのかもしれません。やらなかった行動が、実現しなかった理想の自分と結びついたとき、後悔は単なる一回の選択ミスではなくなります。
また、後悔の内容自体にも偏りがあります。Neal J. RoeseとAmy Summervilleは2005年の“What We Regret Most… and Why”で、過去の後悔研究をまとめ、教育、キャリア、恋愛、子育て、自己、余暇などが大きな後悔の領域として現れやすいことを整理しています。
RoeseとSummervilleは、変えられる余地や機会が多いと感じる領域ほど、後悔が強い傾向にあることも示しました。だから「したか、しなかったか」だけを見ても、後悔の重さを十分には説明できません。
なお、選ばなかった選択肢をあとから何度も比べてしまうという点は、以前書いた「選択肢が多い人生は、後悔の数も増えるだけだった」ともつながります。ただ今回のテーマでは、選択肢の数そのものより、時間がたったあとに「選ばなかった可能性」がどう残るかが中心です。
では「迷ったらやる」が正解なのか
ここまで読むと、「だったら、迷ったら全部やったほうがいい」と思うかもしれません。
けれど、研究からそこまでの結論は出せません。
後悔研究が示しているのは、多くの人を集めたときに見える傾向です。目の前の一人の選択について、どちらが正解かを教えてくれるものではありません。
転職、投資、離婚、手術、借金、危険を伴う挑戦などは、「やらなかった後悔が残るかもしれない」という理由だけで決められるものではないでしょう。失敗した場合の損失が大きい選択、他人の人生に強く影響する選択、あとから戻せない選択では、後悔以外の材料のほうが重要になることもあります。
反対に、失敗しても戻れる選択なら話は少し変わります。やってみて違ったら戻れる。小さく試せる。失うものが限定されている。そういう選択であれば、「あとでやらなかった可能性を抱え続けるか」という視点を一つ加える意味はありそうです。
僕は、この研究を「迷ったらやれ」という標語に変えてしまうのは、もったいないと思います。むしろ、未来の自分がどんな後悔を抱くかを、今の時点で単純には決められないということのほうが面白く見えます。直後の自分は失敗した行動を強く悔やむかもしれない。でも何年もたった自分は、行動そのものより、行動しなかった可能性を気にしているかもしれません。
だから、選択するときに考えるべきなのは「後悔しないのはどちらか」だけではないのでしょう。後悔を完全に避けるのは難しく、何かを選べば別の可能性は閉じます。何もしなければ、その選択自体があとから意味を持つこともあります。
今回の研究を追って僕に残ったのは、「どちらなら後悔しないか」ではなく、「どちらの後悔なら、自分はあとで引き受けられそうか」という見方でした。少なくとも、したこととしなかったことでは、同じ後悔でも時間の流れ方が少し違う。そのことを知っているだけでも、迷っているときの見え方は少し変わる気がします。
参考文献・出典
- Thomas Gilovich & Victoria Husted Medvec (1994). “The Temporal Pattern to the Experience of Regret.” Journal of Personality and Social Psychology, 67(3), 357–365. https://doi.org/10.1037/0022-3514.67.3.357
- Thomas Gilovich & Victoria Husted Medvec (1995). “The Experience of Regret: What, When, and Why.” Psychological Review, 102(2), 379–395. https://doi.org/10.1037/0033-295X.102.2.379
- Thomas Gilovich, Ranxiao Frances Wang, Dennis Regan, & Sadafumi Nishina (2003). “Regrets of Action and Inaction Across Cultures.” Journal of Cross-Cultural Psychology, 34(1), 61–71. https://doi.org/10.1177/0022022102239155
- Siu Kit Yeung & Gilad Feldman (2022). “Revisiting the Temporal Pattern of Regret in Action Versus Inaction: Replication of Gilovich and Medvec (1994) With Extensions Examining Responsibility.” Collabra: Psychology, 8(1), 37122. https://doi.org/10.1525/collabra.37122
- Jerry Richardson & Thomas Gilovich (2023). “A Very Public Replication of the Temporal Pattern to People’s Regrets.” Royal Society Open Science, 10(6), 221574. https://doi.org/10.1098/rsos.221574
- Julie Feldman, John Miyamoto, & Elizabeth F. Loftus (1999). “Are Actions Regretted More Than Inactions?” Organizational Behavior and Human Decision Processes, 78(3), 232–255. https://doi.org/10.1006/obhd.1999.2833
- Gilad Feldman & Dolores Albarracín (2017). “Norm theory and the action-effect: The role of social norms in regret following action and inaction.” Journal of Experimental Social Psychology, 69, 111–120. https://doi.org/10.1016/j.jesp.2016.07.009
- Neal J. Roese & Amy Summerville (2005). “What We Regret Most… and Why.” Personality and Social Psychology Bulletin, 31(9), 1273–1285. https://doi.org/10.1177/0146167205274693
- Denise R. Beike, Keith D. Markman, & Figen Karadogan (2009). “What We Regret Most Are Lost Opportunities: A Theory of Regret Intensity.” Personality and Social Psychology Bulletin, 35(3), 385–397. https://doi.org/10.1177/0146167208328329
- Shai Davidai & Thomas Gilovich (2018). “The Ideal Road Not Taken: The Self-Discrepancies Involved in People’s Most Enduring Regrets.” Emotion, 18(3), 439–452. https://doi.org/10.1037/emo0000326



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