孤独は悪いものなのか?一人でいることと「孤独感」の違いを研究から考える

生き方・考え方

「孤独は健康に悪い」と聞くと、一人で過ごすのが好きな人まで少し不安になるかもしれません。友人が多くない、一人で食事をすることが多い、休日は誰にも会わずに過ごしたい。そういう生活まで、まとめて「よくない孤独」なのでしょうか。

調べてみると、この疑問は「孤独」という一語のまま考えるほど分かりにくくなります。研究では、一人でいる状態と、人とのつながりが足りない客観的な状態と、つながりを求めているのに満たされないつらさは別々に扱われています。しかも、一人でいる時間には落ち着きやストレス低下と結びつく側面もあります。

だから、孤独を一律に悪いものと考える必要はありません。ただし、望んでいない孤独感や社会的な断絶まで「一人の時間も大切だから」と軽く見るのも違います。この記事では、その境目を研究から整理してみます。

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孤独は悪いものなのか?まず「一人でいる」と「孤独感」を分ける

最初に答えを言えば、一人でいること自体を、それだけで悪いとは言えません。

世界保健機関(WHO)は、現在の社会的つながりを説明する中で、social isolation(社会的孤立)と loneliness(孤独感)を明確に分けています。WHOの2025年の説明では、社会的孤立は「役割・関係・交流が少なすぎる客観的な状態」、孤独感は「実際に持っている社会的つながりと、自分が望む、あるいは必要とするつながりとの間に差があるときに生じる、主観的でつらい感覚」とされています。

この区別を置くだけで、普段の「孤独」という言葉に少なくとも二つの違う話が混ざっていることが分かります。人と会う機会が少なくても本人は満ち足りていることがありますし、反対に、毎日たくさんの人と話していても「自分は誰ともつながっていない」と感じることはあり得ます。人数だけでは孤独感は決まりません。

さらに、心理学の solitude 研究で扱われるのは「一人でいる状態や経験」です。こちらは社会的孤立とも孤独感とも同じではありません。家で一人で本を読んでいる30分と、何か月も望む関係を持てずにいる状態を、どちらも「孤独」と呼んで一つの健康効果にまとめるのは無理があります。

日本でも孤独と孤立は政策上まとめて扱われながら、調査では別の側面が見られています。内閣府が2026年4月に公表した「孤独・孤立の実態把握に関する全国調査(令和7年実施)」について、大臣会見では「孤独感がある」と答えた人がおよそ4割だった一方、同居していない家族や友人と直接会って話すことが「全くない」人は1割程度と説明されました。測っているものが違うので、数字も同じ意味ではありません。

僕がこのテーマを調べていて最初に引っかかったのもここでした。「孤独は危険」という話を見たとき、その孤独が何を指しているのかを確認しないと、一人でいることへの評価まで一緒に持っていかれてしまいます。

同じ「ひとり」に見えても、研究では4つに分けて考えられる

この記事では、日常語の「孤独」を四つにほどいて考えます。

一つ目は solitude / aloneness。誰かと社会的に交流していない、一人でいる状態や経験です。研究によって細かな定義は違うため、「自分から進んで一人になった時間」だけを solitude と決めつけず、選んだかどうかは別の条件として見ます。

二つ目は social isolation(社会的孤立)。WHOの定義でいう、社会的な役割・関係・交流が客観的に乏しい状態です。これは本人の感情というより、つながりの構造に近い概念です。

三つ目は loneliness(孤独感)。欲しいつながりと実際のつながりが合っていないことで生じる主観的なつらさです。人付き合いの数が少なくても孤独感が低い人はいますし、人に囲まれていても孤独感が強い人はいます。

そして四つ目に、少し聞き慣れない aloneliness があります。Robert Coplanらは2019年の研究で、これを「十分な一人時間を過ごせていないと感じることから生じる否定的な感情」として概念化し、尺度を検討しました。Study 1から4まで、それぞれ643人、379人、418人、967人を対象に、aloneliness と一人時間、well-being(ウェルビーイング)などとの関連を調べています。

aloneliness は比較的新しい研究概念なので、「人間には一定量の一人時間が必ず必要だ」と証明されたわけではありません。それでも、この概念は日常の感覚を整理するには面白い材料になります。人とのつながりが足りなくて苦しい状態があるのなら、反対方向に、人と関わり続けて一人になれる時間が足りず苦しい状態もあり得る。少なくとも研究では、その二つを同じものとは扱っていません。

ここまで分けると、「一人が好きなのに、孤独ではない」という状態は矛盾しなくなります。一人でいるという外から見える状態と、その時間をどう感じているかは別だからです。

一人の時間は、気分を「上げる」より「静める」ことがある

では、一人でいる時間には何が起こるのでしょうか。

Thuy-vy Nguyen、Richard Ryan、Edward Deciは2018年の研究で、solitude が感情に与える影響を4つの研究から調べました。論文の要旨で示されているのは、単純な「一人になると幸せになる」という効果ではありません。むしろ特徴的なのは、感情の覚醒度を下げる deactivation effect です。

研究では、一人になることで、怒りや不安のような高覚醒の否定的感情だけでなく、興奮や高揚のような高覚醒の肯定的感情も下がる傾向が示されました。言い換えると、気分を上向きにするというより、強く動いている感情を静かな方へ寄せる働きです。

これは「一人になると楽しい」とは少し違います。楽しいかどうかとは別に、刺激の強さが落ち着く。そのため、にぎやかな時間のあとに一人になると、頭の中の音量が少し下がったように感じる人がいても不思議ではありません。

同じ論文のStudy 4では、自分で一人になることを選んだ場合、solitude がリラックスやストレス低下につながり得ることも示されました。ただし、この研究は短い時間の実験が中心で、参加者も若い層が中心です。「長く一人でいるほど健康になる」といった話には広げられません。

僕は「一人時間のメリット」と聞くと、最初は何かを生み出すとか、前向きになるとか、そういう足し算の効果を想像しがちでした。ところがこの研究で出てくるのは、むしろ引き算に近い作用です。感情を盛り上げるのではなく、一度静かな場所まで戻す。この違いは、一人時間を考えるうえでかなり大きいと思います。

大事なのは「一人好きな性格」より、なぜ一人になっているか

一人で過ごす人を見ると、「内向的だから」と説明したくなることがあります。ただ、研究を追うと性格ラベルだけでは整理しきれません。

Virginia ThomasとMargarita Azmitiaは2019年、solitude の動機を測る短い尺度を開発・検証しました。米国の若年成人(emerging adults)803人と青少年(adolescents)176人を含む4つのサンプルで、**self-determined solitude(自律的に選んだ一人時間)**と、**not self-determined solitude(自律的ではない理由での一人時間)**を分けています。

結果はかなり分かりやすい方向でした。自律的ではない理由で一人になることは、loneliness(孤独感)、social anxiety(社会不安)、depressive symptomatology(抑うつ症状)と関連していました。その一方、自分で選ぶ内発的・自律的な一人時間は、とくに若年成人の参加者で well-being(ウェルビーイング)と正に相関していました。ただし質問紙による関連なので、「自分で一人になれば幸福になる」という因果まで証明したわけではありません。

2022年にNguyen、Netta Weinstein、Ryanが発表したPLOS ONEの研究も、この話をもう少し細かくしています。大学生を対象にした二つの日記研究で、日々の一人時間について「一人を好む傾向(preference for solitude)」と「自律的に一人を選ぶ動機(self-determined motivation)」を分けて調べました。

この研究では、少なくとも「内向型だから一人時間を好み、自律的に一人を選ぶ」という単純な図は支持されませんでした。Study 1では introversion(内向性)は一人時間への好みも自律的動機も有意に予測せず、Study 2でも結果は単純ではありませんでした。一方、dispositional autonomy、つまり自分の行動を自分の価値や意思に沿って調整しやすい傾向は、self-determined motivation for solitude(自律的に一人を選ぶ動機)とより一貫して結びついていました。

ここから「性格は関係ない」とまで言う必要はありません。研究対象も限られていますし、性格と一人時間の関係そのものはもっと複雑です。ただ、「一人好き=内向型」と決めるより、その人が一人でいたくて一人なのか、他に選べず一人なのかを見る方が、少なくとも今回の研究には合っています。

同じ部屋で一人で過ごしていても、「やっと一人になれた」と「今日も誰にも会えなかった」は心理的にはかなり違います。外から見える人数だけでは、この違いが消えてしまいます。

「一人でいる時間が長いほど危険」でも「長いほど良い」でもない

では、一人時間には何時間くらいがちょうどいいのでしょうか。

この問いに「1日○時間」と答えられれば分かりやすいのですが、現在の研究から万人共通の黄金時間を出すことはできません。

Weinstein、Matti Vuorre、Mark Adams、Nguyenが2023年に発表したScientific Reportsの研究では、178人が21日間、日々の行動を再構成して一人で過ごした時間と well-being(ウェルビーイング)を記録しました。研究者たちは、一人時間と社交時間に「誰にでも当てはまる最適なバランス」があるかを調べましたが、そのような共通の最適点を支持する証拠は得られませんでした。

結果が面白いのは、一人時間に良い面と悪い面が同時に見えているところです。一人で過ごす時間が長かった日は、平均すると loneliness(孤独感)が高く、生活への満足が低い傾向がありました。その一方で、stress(ストレス)は低く、自律性の満足感(autonomy satisfaction)は高い傾向もありました。

さらに、一人時間が自律的、つまり自分で選んだものだった場合には、loneliness や満足度との負の関連が弱まる、あるいは見られなくなることがありました。研究全体でも「何時間だったか」だけを見れば答えが出るというより、どういう一人時間だったのかが重要だと分かります。

もちろん、これは日記研究です。ある日に一人時間が多かったことが、直接ストレスを下げたと断定することはできません。仕事が少なくて一人時間が増え、そのため同時にストレスも低かった、といった別の説明も考えられます。

それでも、「孤独は危険だから一人時間を減らすべき」と「一人時間は大切だから増やすべき」の両方が、量だけを見れば雑な言い方だということは見えてきます。一人でいた時間の長さより、自分で選べたのか、欲しいつながりを失っていないか、その時間をどう受け取っているかの方が重要そうです。

それでも、つらい孤独感と社会的孤立は軽く見ない

ここまで読むと、「では孤独は健康に悪いという話は大げさなのか」と思うかもしれません。そこは切り分ける必要があります。

公衆衛生で問題にされている loneliness や social isolation には、かなり大きな研究蓄積があります。Fan Wangらが2023年に発表したメタ分析では、成人を対象にした90の前向きコホート研究、合計2,205,199人のデータが統合されました。PubMedに掲載された要旨によると、一般人口では social isolation と loneliness のどちらも全死亡リスクの上昇と統計的に関連し、統合効果量は social isolation が1.32、loneliness が1.14でした。

数字だけ見ると強い印象を受けますが、ここで扱われているのは「一人で静かに過ごした時間」ではなく、social isolation と loneliness です。しかも、統合されているのは前向きコホートを中心とした観察研究なので、他の健康状態や生活条件などを完全に排除して「孤独感そのものが直接死亡を引き起こした」と言えるわけでもありません。

それでも、90のコホート研究をまとめても関連が残っている以上、つらい孤独感や社会的な断絶を「一人が好きなだけ」と片づけるのは危険です。WHOも社会的なつながりを公衆衛生上の重要課題として扱っています。

大事なのは、solitude の研究を使って loneliness の問題を打ち消さないことだと思います。自分で選んだ短い一人時間に落ち着く作用があったとしても、それは「誰ともつながれず苦しい状態も健康的だ」という意味にはなりません。反対に、loneliness の健康リスクが報告されているからといって、一人で過ごすことを全部避ける必要があるとも言えません。

同じ「孤独」という日本語で呼べてしまうために、この二つは簡単に混ざります。研究を読むときは、タイトルの刺激の強さより、その研究が実際には何を測ったのかを見る必要があります。

自分の「孤独」を見分けるなら、人数より三つを見る

研究を日常へ持ち帰るなら、友人の人数や一人でいた時間だけを見るより、三つの方向から考える方が整理しやすそうです。

一つは、その一人時間を自分で選べているか。一人になりたくて一人でいるのか、本当は人と関わりたいのに事情や拒絶によって一人になっているのかです。ThomasとAzmitiaの研究や日記研究では、この自律性の違いが一人時間の経験と関係していました。

二つ目は、欲しいつながりが足りているか。ここでは人数より、本人が必要としている関係とのズレを見ることになります。人と会う回数が少なくても十分だと感じているなら、WHOが定義する loneliness と同じとは限りません。反対に、連絡先が多くても「必要なときに誰にも頼れない」「自分を分かってもらえる感じがない」といったつらさがあるなら、外から見える社交量だけでは分かりません。

三つ目は、一人時間の方が足りなくなっていないか。aloneliness はまだ比較的新しい構成概念なので、これを自己診断の名前として使う必要はありません。ただ、人との予定が続くほど消耗し、「少し一人に戻りたい」と感じる状態まで、つながりが多いから良いことだと決めつける必要もなさそうです。

この三つは、どれか一つだけ見れば十分というものでもありません。自分で一人を選んでいても、その生活の中で望むつながりまで失っていくことはあり得ます。逆に、人とのつながりを大事にしていても、一人になれる余白がなくなるとしんどくなる人もいるでしょう。

もし「誰かとつながりたいのにつながれない」というつらさが強く、睡眠や食事、仕事、外出など日常生活にまで影響しているなら、友人の数を機械的に増やすことだけが答えではありません。信頼できる人に状況を話す、公的な相談窓口を探す、必要に応じて医療や心理の専門家へ相談するといった方法も選択肢になります。そういう状態は、「一人でも大丈夫」という話だけでは整理しきれません。自分がどんなつながりを求めているのかを確かめ、必要なら支援につなぐ方が、今回の研究の区別には合っています。

孤独をなくすより、「選べる一人」と「戻れるつながり」を分けて考える

ここからは、研究そのものではなく、ここまで調べたうえでの僕の整理です。

「孤独は悪いものか」という問いに、良いか悪いかの二択で答えようとすると、どうしてもこぼれるものがあります。一人の時間が必要な人に「もっと人と会わなければ」と言えば、その人の回復の余白を削るかもしれません。逆に、つながりを求めて苦しんでいる人に「孤独を楽しめばいい」と言えば、必要な助けから遠ざけることがあります。

研究を並べてみると、僕には「一人でいられること」と「必要なときに人へ戻れること」は対立する能力ではないように見えます。自分から一人を選べる時間がありながら、つながりたいときにはつながれる余地もある。その両方が残っている方が、「孤独」という一語で自分を評価するより実際の状態に近いのではないでしょうか。

もちろん、誰にでも同じ量の一人時間や同じ数の人間関係が必要だとは言えません。今回確認した研究でも、共通の最適時間は示されていませんでした。だからこそ、外から数えやすい「何人と会ったか」「何時間一人だったか」だけで、人の孤独を判定しない方がよさそうです。

今後、誰かが一人でいるのを見ても、僕はそれだけで「寂しそう」と補わないようにしたいです。「にぎやかな場所にいるから大丈夫」とも決めない。外から見える人数だけでは、その人が一人を望んでいるのか、つながりを望んでいるのかまでは分からないからです。

参考文献・出典

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