植物は痛みを感じるのか?傷への反応と「痛い」の違いを科学から調べた

知っておきたい雑学

草を抜く。枝を切る。キャベツを包丁で切る。普段はほとんど意識しない行為ですが、「植物も生きている」と考えた瞬間、少し妙な疑問が出てきます。

植物は、切られたときに痛いのでしょうか。

現在の研究から言える範囲では、植物は傷ついたことを検知し、その情報を別の葉や器官へ送り、防御反応を起こします。虫が葉をかじる振動に反応する植物もいますし、乾燥や切断ストレスを受けた植物から超音波域の音が出ることも実験で確認されています。

ここだけ聞くと、「それなら痛みを感じているのでは」と思いたくなります。けれど、そこで一段飛ばしてはいけません。

傷に反応することと、「痛い」という不快な感覚を主観的に経験することは同じではありません。現時点では、植物が人間や動物のような主観的な痛みを経験していることを示す十分な科学的証拠はありません。

ただ、植物が何も感じ取らず、ただ静かに立っているだけの存在かというと、それもかなり違います。調べていくと、むしろ面白いのはその境界でした。

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植物は傷ついたことを「知る」。でも、それは痛みと同じではない

まず、「痛み」という言葉を少し整理しておきます。

国際疼痛学会(IASP)は、痛みを「実際の、または潜在的な組織損傷に関連する、あるいはそれに似た、不快な感覚的・情動的経験」と定義しています。また、IASPの用語集では、痛みと侵害受容は異なる現象であり、感覚神経の活動だけから痛みを推定することはできないとされています。

この区別は、植物の話を考えるときにかなり大事です。

たとえば人間の手に熱いものが触れれば、組織を傷つける可能性のある刺激を検出し、神経系が反応します。しかし「刺激を検出して反応した」というだけで、痛みという主観的経験のすべてを説明したことにはなりません。痛みは単なるセンサーの作動ではないからです。

植物にも、光、重力、接触、乾燥、傷害、病原体などを検知する仕組みがあります。しかも、その反応はかなり複雑です。ただし植物には、動物のようなニューロンで構成された神経系や脳はありません。

ここで、「脳がないのだから絶対に痛みはゼロ」と一文で片づけるのも少し乱暴です。科学的に確認すべきなのは、「痛みが絶対に存在し得ない」と哲学的に証明できるかではなく、植物が不快な主観経験を持つことを示す証拠が実際にあるかでしょう。

そして現在、その証拠は十分ではありません。

2021年にProtoplasmaに掲載されたレビュー“Anesthetics and plants: no pain, no brain, and therefore no consciousness”では、植物は豊かな刺激応答や電気的シグナルを持つものの、動物の痛みを支える神経解剖学的な仕組みや、痛みを示す行動的証拠がないと論じられています。

現在の証拠に合わせて言えば、植物は「傷ついた」という情報には反応します。ただ、その反応をそのまま「痛い」と翻訳する根拠はありません。

この区別を置いたうえで、実際に葉が傷ついたとき植物の中で何が起きるのかを見ると、話がかなり分かりやすくなります。

葉を傷つけると、全身へ警報が走る

植物が傷を受けたときの反応は、想像以上に速く、全身的です。

2018年、豊田正嗣らはScienceに“Glutamate triggers long-distance, calcium-based plant defense signaling”を発表しました。研究対象はシロイヌナズナです。

葉が傷つけられると、その場所でグルタミン酸が細胞外へ放出されます。グルタミン酸という名前を見ると、動物の神経伝達物質を思い浮かべる人もいるかもしれません。実際、脊椎動物の中枢神経系では重要な興奮性神経伝達物質です。

植物側にもGLUTAMATE RECEPTOR-LIKE、略してGLRと呼ばれるグルタミン酸受容体様のイオンチャネルがあります。傷害によって生じたグルタミン酸がこの仕組みに関わり、細胞内のカルシウムイオン濃度の上昇が遠くの器官へ伝わっていきます。その結果、まだ傷ついていない葉でも防御反応が準備されます。

東京大学・坪井研究室の日本語解説では、この研究について、イモムシに葉をかじられたときにカルシウム濃度の変化が離れた葉まで伝わり、外傷応答に関わる遺伝子発現やジャスモン酸の増加へつながることが紹介されています。

ここだけ切り取れば、たしかに動物の「痛みの信号」を連想しやすいでしょう。グルタミン酸が出て、イオンチャネルが働き、情報が遠くまで伝わる。言葉の並びだけなら、神経科学の話にかなり近く見えます。

でも、似た分子を使っていることと、同じ主観経験を持つことは別です。

生物は進化の中で、同じ分子や似た仕組みを違う目的に利用することがあります。植物のGLRやカルシウム波が確認されたことから言えるのは、植物には局所の傷を全身的な防御へつなげる情報伝達ネットワークがあるというところまでです。

「だから植物も痛い」は、その研究が示した結論ではありません。

僕がこの研究で面白いと思ったのは、動けない植物が、傷が起きた場所だけで処理を終えず、離れた葉まで情報を回して次の攻撃に備えている点でした。「痛み」という人間の感覚語を借りなくても、植物の傷害応答は十分に複雑です。

イモムシの「かじる振動」まで見分ける植物がある

傷がついてから反応するだけではありません。植物は、傷害に結びつく刺激を事前に手がかりとして使うこともあります。

2014年、Heidi AppelとRex CocroftはOecologiaに“Plants respond to leaf vibrations caused by insect herbivore chewing”を発表しました。

研究ではシロイヌナズナの葉に、イモムシが葉を食べるときに生じる振動を与えました。その後、実際にモンシロチョウの幼虫に食べさせると、事前に咀嚼振動へさらされた植物では、グルコシノレートやアントシアニンなどの化学防御が高まっていました。

さらに、植物は咀嚼由来の振動と、風や昆虫の鳴き声に由来する振動とを同じようには扱わなかったと報告されています。

これを「植物はイモムシの音を聞いて怖がる」と書けば、とても分かりやすい記事になります。ですが、原論文が示しているのはそこではありません。

確認されたのは、特定の振動パターンが、その後の防御反応に影響したということです。「聞く」という言葉を人間の聴覚と同じ意味で使うことも、「怖がる」と感情を追加することもできません。

それでも十分に面白い結果です。

根を張ってその場から逃げられない植物にとって、食害が始まる前後の微細な振動は、周囲で何が起きているかを知る手がかりになり得ます。動物なら目や耳や神経系を使う場面で、植物は植物なりの構造を使って環境の変化を拾っています。

この実験が示したのは、咀嚼に特徴的な振動が、その後の防御反応を変え得ることです。「聞く」「怖がる」は、その結果に人間側が付け足した言葉になります。

「植物は悲鳴を上げる」はどこまで本当なのか

植物の痛みをめぐる話で、近年かなり話題になったのが「植物の悲鳴」です。

2023年、Itzhak KhaitらはCellに“Sounds emitted by plants under stress are airborne and informative”を発表しました。研究チームはトマトとタバコを使い、乾燥させた場合や茎を切断した場合に出る音を、音響室や温室で記録しています。

その結果、ストレスを受けた植物は、対照条件の植物より多くの空中音を発していました。音は主に人間には聞こえない超音波域です。また、機械学習を使うと、その音の特徴から植物の種類や、乾燥・切断といった状態をある程度分類できました。

原論文で確認できるのは、ストレス条件と空中音の関係までで、「植物が痛くて叫んでいる」ことまでは示していません。

研究で記録されたのは、ストレス条件で増える空中音です。その音が植物にとって主観的な苦痛の表現なのか、何かを意図して外へ伝える「発声」なのかは証明されていません。論文自体も、こうした音が他の生物に検出される可能性などを今後の研究課題として扱っています。

「切られた植物が超音波を出す」と「植物が悲鳴を上げる」の間には、かなり距離があります。測定されたのは空中音であり、「痛みを経験している」「その経験を声として表現している」という意味までは含まれていません。

SNSや見出しでは、後者のほうが圧倒的に強い言葉です。だからこそ原論文へ戻ると、何が観測され、何がまだ解釈なのかが見えやすくなります。

少なくとも今のところ、測定できたのは超音波とストレス状態の関係までです。その先の意味づけは、別の証拠が必要になります。

麻酔をすると植物も動かなくなる。だから意識がある?

植物の意識を支持する話として、ときどき「植物にも麻酔が効く」という例が出てきます。

たとえばハエトリグサやオジギソウのように動きを見せる植物では、全身麻酔薬によって反応や運動が抑えられることがあります。人間では全身麻酔が意識や痛みの経験を失わせるため、「植物にも麻酔が効くなら、植物にも意識や痛みがあるのでは」と考えたくなるわけです。

ですが、この推論には問題があります。

Draguhn、Mallatt、Robinsonの2021年レビューは、全身麻酔薬が神経系だけに作用する特別な薬ではないことを指摘しています。麻酔薬は脂質膜、イオンチャネル、細胞内のさまざまな機能へ影響し、神経系を持たない生物にも作用します。

このレビューが問題にしているのは、麻酔薬への反応を意識の有無を判定する特異的な検査のように扱えるか、という点です。麻酔薬は神経系だけを狙うものではないため、植物の運動や反応が抑えられたという事実だけでは、普段そこに意識があることの証明にはなりません。

「麻酔が効くから人間と同じ意識がある」と結論づけるには、証拠が一段足りないわけです。

植物に「意識」があるかは、実は学者の間でも議論がある

ここまで読むと、「では科学者は全員、植物に意識はないと考えているのか」と気になるかもしれません。

実際には、植物の意識や認知をめぐる論争はあります。

2019年、Lincoln TaizらはTrends in Plant Scienceに“Plants Neither Possess nor Require Consciousness”を発表し、植物意識説に強く反論しました。彼らは、意識の成立に関係すると考えられる脳の構造や機能の複雑さを重視し、ニューロンや脳を持たない植物について、意識がある可能性は極めて低いと論じています。

これに対し、Anthony Trewavas、František Baluška、Stefano Mancuso、Paco Calvoは2020年のコメント“Consciousness Facilitates Plant Behavior”で、植物の高度な行動を説明するうえで意識という可能性を検討すべきだという立場を示しました。

さらに2021年には、Jon Mallattらが“Debunking a myth: plant consciousness”で植物意識を支持する主要な主張を詳しく検討し、既存の証拠は意識を示すには不十分だと再反論しています。

この流れを見ると、「植物意識」というテーマが学術研究の外にしか存在しないわけではありません。実際に研究者が論文上で議論しています。

ただ、論争があること自体を「植物の意識が半分は証明された」という意味にはできません。

植物に認知と呼べるものがあるのか。分散した情報処理を意識の基盤と考えられるのか。意識を神経系だけに限定する必要があるのか。こうした問いは、定義や哲学まで含む大きなテーマです。

それに対して、「植物は切られると痛い」という主張はもっと具体的です。痛みという不快な主観経験があると言うなら、その経験を支持する証拠が必要になります。

現在のところ、傷害シグナル、電気的変化、カルシウム波、振動応答、超音波、麻酔薬への反応のどれも、それ単独で植物の痛みを実証してはいません。

僕はこの論争を読んでいて、植物を人間に近づけるほど大切にできる、という発想には少し慎重でいたいと思いました。植物が人間と同じ痛みや意識を持たなくても、植物の反応が単純になるわけではありません。

人間に似ている部分だけを「高度さ」の基準にすると、植物が別の仕組みで環境へ対応していることを見落としやすくなります。

では、草を刈ったり野菜を切ったりするたび苦しませているのか

この疑問が気になる人の中には、科学的な好奇心だけでなく、少し倫理的な引っかかりを持つ人もいると思います。

料理で野菜を切る。庭の雑草を抜く。花を剪定する。そのたびに植物が苦しんでいるなら、日常の見え方はかなり変わります。

少なくとも現在の証拠だけから、植物が主観的に苦しんでいると考える根拠はありません。

植物は傷害に反応します。切られれば細胞が壊れ、化学物質が放出され、全身へシグナルが伝わり、防御や修復に関係する反応が始まります。ストレス条件では超音波が増えることもあります。

けれど、それらは「苦しい」という主観経験の証拠ではありません。

これは、植物を雑に扱ってよいという話とも違います。植物は環境に細かく反応し、周囲との関係の中で生きています。農業でも園芸でも、植物のストレス状態を知ることは、生育や収量、病害への対応を考えるうえで重要です。2023年の超音波研究も、植物の状態を非接触で把握する農業技術へつながる可能性を示しています。

ただ、その価値を認めるために「植物も人間と同じように痛い」と言う必要はありません。

今回の資料を追って僕に残ったのは、「植物にも痛みがある」という驚きより、傷、振動、乾燥といった変化をそれぞれの仕組みで拾っていることのほうでした。人間の感覚語へ無理に置き換えず、植物が実際に何を検知し、どう反応しているのかを見る。そのほうが、植物の変わった仕組みをもう少し正確に面白がれそうです。

参考文献・出典

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