長い旅行から帰ってきて「楽しかった」と一言で振り返るとき、僕たちは何を材料にその一言を決めているのでしょう。
朝から夜まで何時間もあったはずなのに、思い返すと強烈に楽しかった場面や、帰り際の出来事ばかりが全体の印象を占めることがあります。逆に、ほとんど順調だったのに最後の失敗だけで「最悪だった」と感じることもある。こうした現象を説明するときによく登場するのが、ピーク・エンドの法則です。
「人は体験の一番強い瞬間と最後の瞬間で、その体験全体を判断する」と紹介されることが多い法則ですが、ここは少し注意が必要です。研究から言えるのは、人生の思い出そのものがピークと最後だけで決まる、ということではありません。
多くの研究が扱ってきたのは、ある体験が終わったあとに「全体としてどれくらい良かったか、つらかったか」と評価するときの傾向です。具体的な出来事をどれだけ覚えているか、何十年もの人生をどう記憶しているかとは、同じ話ではありません。
では、ピークと最後はどこまで私たちの評価を左右するのでしょう。代表的な実験から、長い旅行、さらには「人生の評価」を扱った研究まで順に見ていきます。
ピーク・エンドの法則は「思い出の全部」を説明する法則ではない
ピーク・エンドの法則を理解するとき、最初に分けておきたいのが**「記憶」と「回顧的な総合評価」**です。
たとえば一週間の旅行について「何を食べたか」「誰と何を話したか」「どこで雨が降ったか」を思い出すのは、具体的な記憶の問題です。一方、「あの旅行は全体として最高だった」「思ったほど楽しくなかった」と一つの評価にまとめるのは、別の処理です。
ピーク・エンド研究で主に調べられてきたのは後者です。基礎となったBarbara L. FredricksonとDaniel Kahnemanの1993年の論文では、参加者に快・不快な映像を見せ、体験中の感情と、終わったあとの全体評価を比べました。原論文では、実験1に32人、実験2に96人が参加しています。
ここから、体験を後から評価するときには、単純に「何分間それを経験したか」を積み上げるのではなく、特定の瞬間の感情が強く反映されることが示されました。これが後に「ピーク・エンドの法則」として広く知られる考え方につながります。
ただ、研究全体をまとめると「ピークと最後だけを見る」と言い切れるほど単純でもありません。2022年にBalca Alaybekらが行ったメタ分析では174の効果量が統合され、その後、符号反転ルールを修正した2024年の訂正文が公表されました。訂正後、ピークとエンドを組み合わせた指標と体験後の総合評価との関連は r=.535(95%信頼区間 .426〜.629)でした。比較的大きな関連ですが、体験全体の平均値との関連も r=.602(95%信頼区間 .547〜.652)で、ピーク・エンドだけが突出して強いわけではありません。
ピークと最後は確かに有力な手がかりです。しかし、途中の時間が完全に消えるわけでも、全体の平均が無意味になるわけでもありません。僕はこの研究を読む限り、ピーク・エンドを「記憶を支配する二つの瞬間」と考えるより、過去を一つの点数に圧縮するときに使われやすい手がかりと捉えるほうが自然だと思います。
「長い苦痛」のほうを選んだ冷水実験
ピーク・エンドの法則がよく知られるきっかけになった研究の一つに、かなり直感に反する実験があります。
Daniel Kahnemanらが1993年に発表した冷水実験です。
参加者は二つの不快な体験をしました。一つは、14℃の冷水に60秒間、手を入れるというもの。もう一つは、同じく14℃の冷水に60秒間手を入れたあと、さらに30秒間そのまま続けます。ただし追加された30秒のあいだに、水温は徐々に15℃まで上がりました。
15℃でも十分冷たいのですが、14℃よりは少しだけマシです。
ここで奇妙なのは、長いほうの体験です。最初の60秒は短い条件と同じで、そのあとさらに30秒の苦痛が追加されています。苦痛の「総量」だけ考えれば、長い条件のほうが増えているはずです。
ところが後から「どちらかをもう一度やるならどちらを選ぶか」と尋ねると、有意に多くの参加者が90秒の長いほうを選びました。
余計につらい時間が30秒増えているのに、です。
研究者たちは、長い条件では最後に苦痛が少し和らいだことが、体験全体の評価に影響したと考えました。体験している最中の苦痛を一秒ずつ足し合わせた結果と、後から思い出して下す判断が一致していないわけです。
これを知ると、「最後が良ければ何でも帳消しになる」と解釈したくなるかもしれません。ただ、この実験は短時間の強い不快体験です。人間関係や仕事、数年間の生活まで同じ仕組みで評価されると証明したわけではありません。
それでも、自分の過去を振り返るときの感覚を考える材料にはなります。
私たちは過去を評価するとき、経験した時間を忠実に合計しているつもりでも、実際にはそうではない可能性がある。冷水実験の面白さは、「人間は合理的ではない」という話よりも、経験している自分と、後から振り返る自分が、同じ計算をしていないことにあります。
医療現場でも「最後」が全体の痛みを変えていた
冷水実験だけなら、特殊な心理実験として片づけることもできます。そこで重要なのが、実際の医療現場で行われた研究です。
Donald A. RedelmeierとDaniel Kahnemanは1996年、大腸内視鏡を受けた154人と、砕石術を受けた133人を調べました。研究では、処置中の痛みをリアルタイムで記録し、終了後に「全体としてどれくらい痛かったか」を評価してもらっています。
その結果、後から振り返った「総合的な痛み」は、処置中の最も強い痛みと、最後の3分間の痛みに強く関連していました。処置時間にはかなり違いがあったものの、長い処置ほど必ず強く嫌な記憶になるわけではありませんでした。
さらに2003年には、682人を対象にした無作為化試験が行われています。
この研究では、参加者の半数について、大腸内視鏡検査の最後に短い時間を追加しました。その時間は検査器具を直腸内に残すものの、終盤の痛みは比較的弱くなるようにされています。
追加時間があった群では、最後の瞬間の痛みが弱く、検査全体の不快さもわずかに低く評価されました。追跡期間の中央値は5.3年で、再び大腸内視鏡検査を受けた割合も、長い処置を受けた群でわずかに高いという結果でした。
ここでは「感じた総苦痛」と「後から残った印象」のずれが、実験室の外でも見えています。
ただし、この結果から「嫌なことは少し長引かせて、最後だけ良くすればいい」と考えるのは危険です。この研究は医療処置の記憶を扱ったものであり、苦痛を長くする一般的な方法を勧めるものではありません。医療には安全性や倫理、処置そのものの必要性があります。
研究から受け取れるのはもっと限定的です。**終わり際の体験は、後から全体を評価するときに不釣り合いなほど大きな役割を持つ場合がある。**そこまではかなり確かな証拠があります。
なぜ途中の長さを忘れやすいのか――「持続時間の無視」
ピーク・エンドの法則とよく一緒に出てくる言葉が、**持続時間の無視(duration neglect)**です。
名前だけ見ると「人は時間をまったく覚えていない」という意味に聞こえますが、そこまで強い主張ではありません。体験後の総合評価をするとき、どれくらい長く続いたかの影響が、意外なほど小さくなることがあるという現象です。
FredricksonとKahnemanの1993年の研究でも、映像の長さを変えた体験を比較したところ、後からの評価では持続時間の影響が小さくなりました。冷水実験でも、60秒と90秒という違いより、終盤の苦痛が弱まったことのほうが後の選択に効いています。
2022年のメタ分析と2024年の訂正文でも、訂正後の持続時間と回顧的総合評価との関連は r=.040(95%信頼区間 −.003〜.082)と小さく、ほぼゼロに近い値でした。
とはいえ、「長さはどうでもいい」と置き換えると話が変わってしまいます。
たとえば数年間続いた苦しい時期と、一日の嫌な出来事が同じになるわけではありません。持続時間が経験そのものの負担を変えることは当然あります。研究が扱っているのは、経験中の総負担ではなく、主に終わったあとで全体をどう評価するかです。この区別を置いたうえで見ると、経験している間の一分一分は、その人にとって実際の時間です。後から思い出すときに重みが薄くなるからといって、その時間が無かったことにはなりません。
ピーク・エンドの法則を人生論として使うなら、むしろここを逆に考えたほうがいい気がします。後から出てくる「良い思い出だった」「最悪の時期だった」という一文は、過去の全時間を正確に足し算した結果とは限らない。記憶の要約と、そこで実際に過ごした時間は、別々に考える余地があります。
旅行の思い出では、ピーク・エンドだけでは足りなかった
ここまでの研究には、ある共通点があります。映像、冷水、医療処置のように、始まりと終わりが比較的はっきりした体験が多いことです。
では、一週間の旅行のように、いろいろな出来事が混ざった体験ではどうでしょう。
Simon Kempらは2008年、49人の学生を対象に休暇の研究を行いました。参加者は平均約7日間の休暇中、毎日、その24時間に感じた幸福度を報告します。そして旅行が終わったあと、休暇全体がどのくらい幸せだったかを振り返りました。
ここでも休暇の長さ自体は、後からの評価に大きく影響しませんでした。また、参加者は日々の幸福度の細かな変化を正確に再現できていません。
ただし、**ピークとエンドが突出して優れた予測因子だったわけでもありませんでした。**複数のまとめ方が、回想された「旅行全体の幸福度」をそれなりに予測していたのです。
この結果は、ピーク・エンドの法則を否定するというより、長く複雑な体験では話が単純ではなくなることを示しています。
2019年には、Wim Strijboschらが、40人に約14分の複雑なVR体験をしてもらう研究を行いました。ここでは、ピークと最後の感情より、体験全体の平均的な感情価や覚醒度などのほうが、後の記憶評価をよく予測しました。
40人という小規模な研究なので、これ一つでピーク・エンドの法則が崩れたとは言えません。ただ、単純な苦痛体験で見つかった仕組みを、そのまま日常の複雑な出来事に持ち込むことへの注意にはなります。
さらにEric Y. MahとDaniel M. Bernsteinは2019年、3つの実験、合計988人、2歳から97歳までを対象に、小さく単純なポジティブ体験でピーク・エンド効果を再検討しました。小さな贈り物などを用いた条件で、先行研究のような効果は再現されませんでした。
こちらも「楽しい体験ではピーク・エンドが存在しない」と一般化はできません。対象となったのは限られた種類のポジティブ体験です。
三つの研究を並べると、ピークと最後は強い手がかりになりうる一方、体験が長く、複雑で、いくつもの出来事を含むほど、それだけで全体を説明するのは難しくなると整理できます。
人生の思い出へ話を広げるなら、この限界を飛ばすわけにはいきません。
なお、過去の具体的な出来事が自己像や「自分らしさ」とどう結びつくかは、ピーク・エンドとは別の問題です。こちらは以前の記事「人はなぜ「過去の自分」に縛られるのか?記憶・自己像・アイデンティティの仕組み」で扱っています。
「人生の最後」が人生全体の評価を変える研究はある
それでも気になるのは、「一つの体験」ではなく、人生そのものです。
本当に最後の数年が、人生全体の評価を変えるのでしょうか。
Ed Diener、Derrick Wirtz、Shigehiro Oishiは2001年、人生の結末が人生全体の評価へ与える影響を調べました。
この研究では、参加者が自分自身の人生を振り返ったわけではありません。ある人物の人生を描いた仮想的なシナリオを読み、その人生がどれくらい望ましいか、幸福かを評価しています。
たとえば、とても幸福な30年間を過ごしたあと突然人生を終えるシナリオと、その後に以前ほどではないものの、まだ肯定的な5年間が加わるシナリオが比較されました。
普通に時間を足し算するなら、多少幸福度が下がっても「良い5年間」が追加されたほうが、人生全体の幸福の総量は増えます。
ところが研究では、その追加された晩年によって、人生全体の評価がかえって下がることがありました。人生の終盤が、それ以前より少し悪くなったためです。逆方向のシナリオでも、終わり方が評価へ強く影響する結果が報告されています。
これだけを見ると、「やはり人生も最後で決まる」と言いたくなります。
けれども、2025年に藤島喜嗣が行った直接追試を読むと、話はもう一段複雑になります。
元の研究では、参加者は結末の異なるシナリオを見比べることができました。そこで藤島は、結末情報を参加者同士で比較できない「参加者間」の条件と、同じ参加者が異なる条件を比較できる「参加者内」の条件に分けて追試しました。
結果は、結末情報を比較できない条件では元研究の結果が再現されず、結末の違いを比較できる条件では再現されるという形に分かれました。
この研究が示しているのは、「人生の終わりには、人間の脳が必ず特別な重みを与える」とは限らない可能性です。終わりの情報が比較によって目立ったから、判断材料として使われたのかもしれません。
ここでタイトルの疑問に戻ると、人生の思い出は一番強い瞬間と最後で「決まる」のか。少なくとも現在確認できる研究から、そこまで断定することはできません。そもそもDienerらの研究は実際の人生の記憶を追跡したものではなく、第三者が仮想的人生を評価する実験です。そこから「自分の人生を振り返るときも同じ」と一気に広げるには、証拠が足りません。
強烈な一場面を「人生全体の点数」にしないために
ここからは研究結果そのものではなく、それらを読んだうえでの僕の整理です。
ピーク・エンド研究を見ていると、人間が過去を振り返るとき、体験をそのまま保存して再生しているわけではないことが分かります。何日、何時間、何分と続いた経験を、そのまま同じ重さで足し合わせているわけでもありません。
強烈な一場面や終わり方が、全体の代表として前に出てくることがある。
もしそうなら、自分の過去を振り返ったときに浮かぶ「全部ひどかった」「全部無駄だった」「あの時間は最悪だった」という評価についても、少しだけ分解して考える余地があります。
もちろん、ピーク・エンドの法則を使って「つらかった記憶は錯覚だから気にしなくていい」と言いたいわけではありません。それは逆の飛躍です。
長く続いた苦痛には、実際に長く続いたという重さがあります。最後が良かったからといって、途中で受けた傷や損失が消えるわけでもない。医療研究で「最後の痛みが弱いと全体評価が少し改善した」ことと、「途中の痛みには意味がない」は全く別の話です。
逆に、最後に嫌なことが起きたからといって、それ以前の良かった時間まで本当に悪かったことになるわけではありません。強烈な失敗が一つあったからといって、そこまでに積み重ねた時間のすべてが失敗へ変わるわけでもない。
研究が教えてくれるのは、過去の評価には要約の癖があるということです。
僕はここが、この法則を生き方の話として考えるときに一番面白い部分だと思います。ピーク・エンドを使って思い出を操作する方法を探すより、「自分が今つけている過去への点数は、どの場面を代表に選んでできたものなのか」と考えるほうが、この研究には合っています。
過去を評価することと、過去に実際に起きたことは同じではありません。
ピークや最後が強く残ることはある。それでも、その二つが過去の全部になるわけではない。自分の人生を一言で評価したくなったときほど、その一言の外側にあった時間も、いったん残しておきたいと僕は思います。
参考文献・出典
- Barbara L. Fredrickson, Daniel Kahneman. “Duration Neglect in Retrospective Evaluations of Affective Episodes.” Journal of Personality and Social Psychology, 65(1), 45–55, 1993. https://doi.org/10.1037/0022-3514.65.1.45
- Daniel Kahneman, Barbara L. Fredrickson, Charles A. Schreiber, Donald A. Redelmeier. “When More Pain Is Preferred to Less: Adding a Better End.” Psychological Science, 4(6), 401–405, 1993. https://doi.org/10.1111/j.1467-9280.1993.tb00589.x
- Donald A. Redelmeier, Daniel Kahneman. “Patients’ Memories of Painful Medical Treatments: Real-Time and Retrospective Evaluations of Two Minimally Invasive Procedures.” Pain, 66(1), 3–8, 1996. https://doi.org/10.1016/0304-3959(96)02994-6
- Donald A. Redelmeier, Joel Katz, Daniel Kahneman. “Memories of Colonoscopy: A Randomized Trial.” Pain, 104(1–2), 187–194, 2003. https://doi.org/10.1016/S0304-3959(03)00003-4
- Ed Diener, Derrick Wirtz, Shigehiro Oishi. “End Effects of Rated Life Quality: The James Dean Effect.” Psychological Science, 12(2), 124–128, 2001. https://doi.org/10.1111/1467-9280.00321
- Simon Kemp, Christopher D. B. Burt, Laura Furneaux. “A Test of the Peak-End Rule with Extended Autobiographical Events.” Memory & Cognition, 36(1), 132–138, 2008. https://doi.org/10.3758/MC.36.1.132
- Wim Strijbosch, Ondrej Mitas, Marnix van Gisbergen, Miruna Doicaru, John Gelissen, Marcel Bastiaansen. “From Experience to Memory: On the Robustness of the Peak-and-End-Rule for Complex, Heterogeneous Experiences.” Frontiers in Psychology, 10, 1705, 2019. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2019.01705
- Eric Y. Mah, Daniel M. Bernstein. “No Peak-End Rule for Simple Positive Experiences Observed in Children and Adults.” Journal of Applied Research in Memory and Cognition, 8(3), 337–346, 2019. https://doi.org/10.1016/j.jarmac.2019.05.002
- Balca Alaybek, Reeshad S. Dalal, Shea Fyffe, John A. Aitken, You Zhou, Xiao Qu, Alexis Roman, Julia I. Baines. “All’s Well That Ends (and Peaks) Well? A Meta-Analysis of the Peak-End Rule and Duration Neglect.” Organizational Behavior and Human Decision Processes, 170, 104149, 2022. https://doi.org/10.1016/j.obhdp.2022.104149
- Balca Alaybek, Reeshad S. Dalal, Shea Fyffe, John A. Aitken, You Zhou, Xiao Qu, Alexis Roman, Julia I. Baines. “Corrigendum to ‘All’s Well That Ends (and Peaks) Well? A Meta-Analysis of the Peak-End Rule and Duration Neglect’ [Org. Behav. Hum. Decis. Process. 170 (2022) 104149].” Organizational Behavior and Human Decision Processes, 180, 104278, 2024. https://doi.org/10.1016/j.obhdp.2023.104278
- 藤島 喜嗣「結末情報の付加が幸福度判断に及ぼす影響―異なる要因配置によるDiener, Wirtz, & Oishi(2001)の追試―」『マーケティングジャーナル』45(1), 44–54, 2025. https://doi.org/10.7222/marketing.2025.001



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