恋に落ちると脳で何が起こる?ドーパミン・失恋・「18か月説」を研究から考える

知っておきたい雑学

恋に落ちると、相手のことばかり考えたり、会えるだけで気分が大きく変わったりします。あまりに反応が強いので、「脳内で何か特別な物質が出ているのでは」と考えたくなります。

人間の脳画像研究から比較的一貫して見えているのは、恋をしたときに脳のどこか一か所が「恋愛モード」へ切り替わることではありません。好きな相手を非常に重要で、近づく価値の高い対象として扱う報酬・動機づけの仕組みが強く関わる、という姿です。とくに腹側被蓋野(VTA)や線条体を含む領域は、複数の研究で繰り返し報告されています。

ドーパミンやオキシトシンも関係します。ただし、「ドーパミンが恋を起こす」「オキシトシンが愛そのもの」と一つの物質へ還元すると、研究で確認された範囲を超えてしまいます。

この記事では、恋人の写真を見せたfMRI研究や近年のメタ分析をもとに、実際に何を測り、何が分かり、どこから先はまだ言えないのかを分けて見ていきます。

恋に落ちた脳では、相手が「重要な報酬」になる

恋愛の脳研究でよく引用されるのが、Arthur Aron、Helen Fisherらが2005年に発表した研究です。

この研究では、恋愛初期に強く恋をしている17人がfMRIに入り、恋人の写真と、よく知ってはいるものの強い感情を持っていない知人の写真を見ました。参加者は18〜26歳で、恋をしている期間は1〜17か月、平均7.4か月でした。

その結果、恋人の写真を見たとき、右の腹側被蓋野(VTA)や尾状核など、報酬・動機づけに関係する領域で活動の違いが見つかりました。研究者たちは、初期の強い恋愛を単なる気分というより、「特定の相手へ向かわせる動機づけ」と深く関係する状態として捉えています。原論文はAron et al. (2005)です。

VTAや尾状核が活動したからといって、「気持ちが高ぶったときに働く恋愛の場所が光った」と単純には読めません。これらの領域は、欲しいものへ近づく、価値のある対象を学習する、行動を起こすといった働きにも関係します。

その後の研究をまとめた2022年のメタ分析でも、情熱的な恋愛を扱った人間の機能的脳画像研究を統合した結果、両側のVTAに比較的一貫した活動が報告されています。Shih et al. (2022)です。

一つの小規模研究だけで「恋の脳」が決まったわけではありませんが、少なくとも、好きな相手が脳にとって普通の知人と同じ扱いではなくなり、報酬や接近動機に関わる仕組みが強く関与する、という方向は複数研究で支持されています。

腹側被蓋野と尾状核は「恋愛専用回路」ではない

恋愛研究でVTAや尾状核という名前が出てくると、「そこが恋愛を担当する脳部位なのか」と思いたくなります。けれど、この読み方には注意が必要です。

2000年にAndreas BartelsとSemir Zekiが行った初期のfMRI研究では、深く恋をしている17人が、恋人と友人の写真を見ました。恋人の写真では、島皮質、前帯状皮質、尾状核、被殻などに活動差が見られ、その一方で後部帯状皮質、扁桃体、前頭前野・頭頂葉・中側頭領域の一部では活動低下も報告されています。Bartels & Zeki (2000)で確認できます。

ただし、これらの領域は恋愛のためだけに存在しているわけではありません。

VTAや線条体は報酬、学習、動機づけなど幅広い過程に関わります。扁桃体も恐怖だけの領域ではありませんし、前頭前野も一つの「理性スイッチ」ではありません。ある脳部位の活動が変わったことから、「だからこの心理状態が起きている」と一対一で決めることはできません。

神経画像研究では、この問題を逆推論と呼びます。Russell Poldrackは2006年、ある脳領域が活動したという情報から特定の認知過程を断定する推論には限界があると整理しました。Poldrack (2006)です。

そのため、「VTAが活動した=恋愛専用回路が作動した」という説明よりも、恋人という刺激に対して、報酬・動機づけに関係するネットワークの反応が変わったと読むほうが研究に忠実です。

2024年にSandra Langeslagが恋愛研究のよくある誤解を整理したレビューでも、「恋愛専用の脳領域がある」という見方は支持されていません。Langeslag (2024)は、恋愛を一つの部位や一つの生物学的仕組みに対応させる説明そのものを見直す必要があるとしています。

「ドーパミンが出るから恋をする」は半分正しく、半分言いすぎ

恋愛の脳科学で、もっとも有名な言葉はおそらく「ドーパミン」です。

VTAにはドーパミンを産生する神経細胞が多く、そこから線条体などへ伸びる経路は、報酬予測、学習、動機づけ、接近行動と深く関わっています。恋人の写真でVTAや尾状核の活動差が繰り返し見つかることは、ドーパミン系が恋愛に関与するという考えとよく整合します

この説明と、「恋人の写真を見たらドーパミンが大量に放出されたことをfMRIで直接確認した」という説明は、同じではありません。

fMRIが主に捉えているBOLD信号は、神経活動に伴って生じる血流や血液中の酸素化の変化です。ドーパミン分子そのものの放出量を直接測定しているわけではありません。 Aronらの研究も、恋人の写真を見たときの脳活動パターンを測った研究です。

この区別をせずに、

  • 恋をするとドーパミンが○倍になる
  • ドーパミンが出たから、その人を好きになった
  • ドーパミンさえ増えれば恋愛感情が生まれる

といった話へ進むと、少なくとも紹介したfMRI研究からは言えません。

ドーパミンは恋愛に無関係なのではなく、むしろ有力な要素です。ただし、現在の人間研究から安全に言えるのは、恋愛時に活動する報酬・動機づけ系とドーパミン神経系が強く重なるというところまでです。「恋=ドーパミン」という等式ではありません。

Langeslagの2024年レビューも、恋愛に一つの専用神経伝達物質があるという理解を誤解として整理しています。恋愛は複数の認知・感情・動機づけ過程を含み、それぞれに複数の神経化学系が関わるからです。

オキシトシンは「愛情ホルモン」なのか

ドーパミンと並んでよく登場するのがオキシトシンです。「愛情ホルモン」「絆ホルモン」という呼び方を見たことがある人も多いと思います。

オキシトシンが社会的結合やつがい形成と関係すること自体には、かなりの研究蓄積があります。ただし、ここでも「オキシトシン=愛情」と置き換えると話が粗くなります。

2023年のレビューBlumenthal & Young (2023)は、人間と動物のつがい形成研究を横断し、オキシトシンだけでなく、ドーパミン、バソプレシン、内因性オピオイドなど複数の系が相互作用する姿を整理しています。

とくにこの分野では、プレーリーハタネズミなどの動物研究が重要な基礎になっています。動物では、つがい形成の過程を実験的に詳しく調べやすいためです。一方で、動物のつがい形成で分かった分子機構を、そのまま人間の恋愛感情へ移すことはできません。

人間のオキシトシン研究にも別の難しさがあります。鼻からオキシトシンを投与する研究や、血液・唾液中の濃度を調べる研究はありますが、それらは「人が自然に恋に落ちる瞬間に、脳内のどこでどれだけオキシトシンが働いたか」を直接観察したものとは違います。

体外からオキシトシンを投与する研究を整理したBartz et al. (2011)では、社会的な効果は一貫しておらず、状況や個人差によって変わり得ると整理されています。

なので、「オキシトシンは愛情に関係する」は大きく外していませんが、オキシトシンは愛情そのものであり、多ければ多いほど愛が深いという理解は支持できません。恋愛を説明する一つの重要な系ではあっても、単独の答えではないという位置づけが妥当です。

なぜ相手のことばかり考えてしまうのか

恋に落ちたときの特徴として、「気づくとその人のことを考えている」という状態があります。

これを一つの神経伝達物質だけで説明することはできません。ただ、これまで見てきた報酬・動機づけの研究は、この感覚を理解する手がかりになります。

人は、自分にとって価値が高いものへ注意を向けやすくなります。報酬が期待される対象は記憶や学習とも結びつき、次に何が起こるかを予測する対象にもなります。恋愛では、その「重要な対象」が特定の一人へ強く偏ると考えると、相手の表情、言葉、連絡、次に会える予定のような情報が頭に残りやすくなることは不思議ではありません。

Aronらの2005年論文が恋愛を「報酬・動機づけ」と結びつけて解釈したのも、この点とつながります。好きな相手を見て気分が変化するだけでなく、その人へ向かう行動を促す仕組みが関わっている可能性があるからです。

ただし、「相手のことを考える回数」を脳画像からそのまま読み取れるわけではありません。恋愛中の注意の集中には、期待、不確実性、記憶、習慣、相手との実際のやり取りなども影響します。

ここで脳科学から言えるのは、「恋をすると脳が強制的に一人のことしか考えられなくなる」ということではなく、好きな相手の価値が高くなり、注意と動機づけがその人へ偏りやすくなる仕組みと整合するというところです。

「恋は盲目」は脳科学で証明されたのか

「恋は盲目」という言葉に脳科学の説明がつくと、かなり説得力があるように見えます。

BartelsとZekiの2000年研究では、恋人の写真を見たときに、扁桃体や前頭前野・頭頂葉などの一部で活動低下が報告されました。この結果をもとに、「恋をすると批判的判断に関わる脳が止まる」と説明されることがあります。

でも、原論文が示したのは、特定の比較条件で一部領域のBOLD信号が低下したことです。

そこから、

「相手の欠点が見えなくなる」

「理性的判断ができなくなる」

「前頭前野がオフになる」

と日常心理へそのまま翻訳するには、かなり距離があります。

前頭前野も複数の領域から成り、認知制御、意思決定、社会的認知など多くの機能に関わります。扁桃体も感情的な重要性の評価など幅広い機能を持ちます。ある領域の活動低下を見つけただけで、「判断力」という複雑な能力全体が下がったと断定することはできません。

ここでも、Poldrackが指摘した逆推論の問題があります。

「恋は盲目」という日常的な表現に対応しそうな脳活動の変化はあります。しかし、脳科学が『恋をすると判断力が停止する』と証明したわけではない、というのが慎重な読み方です。

脳画像に色が付いていると、それだけで日常の言葉まで確定したように見えます。だから、観察されたBOLD信号と「判断力が落ちた」という解釈は分けておく必要があります。

恋と依存症は、似ているけれど同じではない

恋愛と依存症の共通点も、よく話題になります。

会いたくて仕方がない。相手からの反応で気分が大きく変わる。離れるとつらい。こうした経験だけを見ると、たしかに「依存」に似た言葉を使いたくなります。報酬系の脳領域が関わる点でも、重なりはあります。

ただし、同じ報酬関連領域が関与するからといって、正常な恋愛と依存症が同じ状態だとは言えません。

2024年に発表されたYang et al. (2024)のメタ分析は、恋愛に関する21研究と依存症に関する28研究の「手がかり刺激への反応(cue-reactivity)」を調べたfMRI研究を統合し、両者の共通点と違いを比較しました。

結果として、前帯状皮質には共通して関わる部分がある一方、恋愛と依存症では活動パターンに違いも見られました。たとえば、この分析では腹内側前頭前皮質は恋愛研究で、後部帯状皮質は依存症研究で、より特徴的に報告されました。

研究者らはこうした差を踏まえ、両者を単純な同一現象としては扱っていません。

「報酬系が関係する」という共通点だけでは、「だから恋は依存症である」という結論には届きません。食事、音楽、達成感、親密な人間関係など、報酬系は多くの経験に関わります。報酬系を使うこと自体は病気の印ではありません。

もちろん、現実の関係で生活が大きく崩れる、相手への行動を制御できないといった問題が起きることはあります。しかし、それは個々の行動や状態を別途見る必要があり、「恋をして脳の報酬系が反応した」という研究だけでは判断できません。

恋愛の脳研究には、まだ大きな空白がある

ここまで紹介した研究には共通するパターンがありますが、研究分野としてはまだ若く、空白も大きく残っています。

2023年にAdam BodeとMarta Kowalが、2021年までに発表された恋愛の生物学的研究を方法論の観点から検討しました。Bode & Kowal (2023)です。

対象になったのは42研究で、内訳は神経画像31件、内分泌9件、遺伝1件、複数手法を組み合わせたもの1件でした。著者らが問題にしたのは、単に研究数が少ないことだけではありません。参加者の年齢、性別、文化的背景、関係の状態など、サンプル特性の報告方法が研究間でそろっておらず、結果を比較しにくいことも指摘しています。

脳画像研究の代表例を見ても、BartelsとZekiは17人、Aronらも17人です。どちらもこの分野を切り開いた重要な研究ですが、この人数だけで「すべての人が恋に落ちると同じ脳変化が起きる」とまでは言えません。

さらに、多くの研究は「すでに恋をしている人」を募集し、その人に恋人の写真などを見せて反応を比べています。

これは、恋愛中の脳がどのような刺激に反応するかを見るには有効です。ただ、恋に落ちる前の状態から同じ人を追跡し、「この変化が先に起きたから恋に落ちた」と因果関係を確定するデザインではありません。

文化、性的指向、年齢、関係形態、恋愛の長さなどの多様性も十分とは言えません。

脳画像で繰り返し見えるパターンはありますが、それを全員に当てはまる完成したモデルのように扱う段階ではありません。

脳が強く反応することと「相性がいい」ことは別

恋愛の脳研究を調べていて、いちばん切り分けておきたいと思ったのはここでした。

恋人の写真を見たとき、VTAや線条体を含む報酬・動機づけ系が強く反応する。これは「その人が自分にとって非常に重要になっている」ことを理解する材料にはなります。

でも、AronらのfMRI研究は、参加者と恋人の性格的な相性を判定した研究ではありません。二人の関係が長続きするか、相互に尊重し合えているか、安全な関係かを脳画像から評価したわけでもありません。

脳の反応の強さと、関係の質は別の問いです。

強く惹かれているとしても、その強さから「この人は運命の相手だ」「これだけ脳が反応するなら間違いない」とは導けません。逆に、穏やかな関係だから脳科学的に弱い、という話でもありません。

これは研究を恋愛指南へ変えるための話ではなく、研究が実際に測った範囲を守るための線引きです。

脳画像研究が教えてくれるのは、特定の相手がどれほど特別な意味を持つようになるかという仕組みの一部です。その相手とどんな関係を作れるかは、こうした実験では測っていません。

結局、恋に落ちると脳で何が起こるのか

ここまでの研究をまとめると、恋に落ちた脳では、好きな相手が強い価値を持つ対象になり、報酬・動機づけ、注意、学習、社会的結合に関わる複数の仕組みが組み合わさって働くと考えるのが、現在の証拠に合っています。

とくにVTAや線条体を含む報酬・動機づけ系の関与は、初期のfMRI研究だけでなく、その後のメタ分析でも支持されています。ドーパミン系はその説明に重要ですが、fMRIがドーパミン放出を直接測ったわけではありません。

オキシトシンもつがい形成や社会的結合に関わる重要な系ですが、「愛情ホルモン」という一語で恋愛全体を説明できるものではありません。恋愛専用の脳領域、恋愛専用の神経伝達物質、恋愛専用のホルモンが一つずつ見つかっているわけでもありません。

そして、現在の研究はサンプル規模や対象の多様性、研究デザインに限界があります。「恋は盲目」「恋は依存症」「脳が強く反応した相手は運命の相手」といった日常の言葉は、脳科学の結果より一歩も二歩も強い表現です。

今回、原論文と近年のレビューを並べていて、何度も戻ったのは「その研究は何を直接測ったのか」という点でした。脳部位やホルモンの名前だけを見るより、そこを確認したほうが、恋について本当に分かっている範囲がずっと見えやすくなります。

僕としては、恋を一つの物質で片づけない説明のほうが、今回読んだ研究にはしっくりきます。

参考文献・出典

この記事を書いた人
深夜3時の駄貧知 運営者
駄貧知

駄貧知|小説とブログを書く物書き。日常の違和感を出発点に、心理、科学、歴史、都市伝説を研究や史料をもとに調べています。「説は疑う。でも、ロマンまでは捨てない」を基本姿勢に、事実と考察を分けながら、人間や世界の不思議を考えます。

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