声が低い人ほど年収が高い?792人のCEOが示した法則~データで証明された意外な真実とは~

低い声の威力と年収の関係 知っておきたい雑学

声が低い人は、なぜか得をしているらしい

電話に出るのが、昔からちょっと苦手です。

理由はわりとしょうもなくて、自分の声が思っていたより高くて軽いからなんです。録音された自分の声を聞いて、「えっ、僕ってこんな声?」と固まった経験、たぶん多くの人にあると思います。あれの、慢性版みたいなものです。

会議で発言するとき。初対面の人に名乗るとき。クレームの電話を受けるとき。 そういう場面でいつも、心のどこかで「もうちょっと声が低かったら、堂々と聞こえるのにな」と思っていました。

低い声って、なんだか得をしている気がするんですよね。 落ち着いて聞こえるし、説得力があるように感じるし、なんとなく「できる人」っぽい。

ただの気のせいだと思っていました。

でも、どうやら気のせいじゃなかったらしいんです。

「声が低い人は出世する」は、ただの思い込みだと思っていた

声の低い・高いで、その人の評価が変わる。

そんなの、ただのイメージというか、偏見みたいなものでしょう、と僕は思っていました。声が低いだけで仕事ができるなら苦労しない、と。

実際、低い声に対して僕らが抱くイメージって、けっこうふわっとしています。

  • なんとなく落ち着いて見える
  • 自信がありそうに聞こえる
  • 言っていることが正しそうに感じる
  • リーダーっぽい雰囲気が出る

冷静に並べてみると、どれも「気がする」ばかりです。中身を見ているわけじゃなくて、音の高さだけで勝手に印象を作っている。

だから僕は、こう思っていたんです。 「そんな雰囲気だけのものが、本当のビジネスの現場で通用するわけがない」と。

実験室の中で被験者に「どっちが有能そう?」と聞けば、低い声が選ばれるかもしれません。でも、本当に成果が問われる場所では、そんな雰囲気は通用しないはずだ。

ところが、です。 僕のその「常識」を、わりと根こそぎ揺さぶってくるデータに出会ってしまいました。

トップ企業のCEOを792人、声で分析したらしい

あるとき、こんな調査を目にしました。

アメリカのトップ企業——日本でいう一部上場のさらに上、みたいなレベルの会社を率いる経営者を、なんと792人ぶん集めて、その人たちの「声の高さ」を分析した、というものです。

声の高さって、なんとなくの印象じゃなくて、ちゃんと数字で測れるんですね。一秒間に声帯が何回震えるか、というやつで、単位はヘルツ。低い声ほどこの数字が小さくなります。

しかも面白いのが、わざわざ決算説明会という、経営者が投資家に向けて話す場の「生の声」を録音して分析しているところです。スタジオで作った声じゃなくて、リアルな現場の声。

で、最初に出てきた平均像が、ちょっと意外でした。

調査対象になったトップ経営者たち、年齢はだいたい56歳。率いている会社の規模はとんでもなく大きいんですが、肝心の声の高さの平均は、約125ヘルツ。

これ、実は同じ年代のごく普通の成人男性とほとんど変わらない数字なんです。

つまり、「トップ経営者はみんな映画俳優みたいな超低音ボイス」というわけではない。みんな、わりと普通の声をしている。

じゃあ何が違うのか。 普通の分布の中で、ほんの少し声が低い人たちに、何が起きていたのか。

ここからが、本題です。

声が低いほど、会社が大きくて、給料が高くて、クビになりにくい

結論を先に言ってしまいます。

声が低い経営者ほど、

  • より大きな会社を率いていた
  • より多くの報酬をもらっていた
  • より長くその座に留まっていた

の三拍子だったんです。

しかも、ふわっとした傾向じゃありません。具体的な数字まで出ていて、それがなかなかえぐい。

声の高さが、ほんの22ヘルツくらい低くなるだけで——感覚としては「ちょっと低めの声だな」程度の差です——その人が率いる会社の規模が、4億ドル以上大きくなる、という計算だったんです。

4億ドルですよ。僕の電卓が震えました。

報酬のほうも同じで、22ヘルツ低いだけで、年収がおよそ18万ドル以上高くなる。在任期間も、150日くらい長くなる。

声が、ちょっと低い。 ただそれだけで、会社の規模も、もらえるお金も、続けられる年数も、全部上振れしている。

僕の「雰囲気なんて通用しない」という常識は、ここで静かに崩れました。 通用していたんです。それも、想像よりずっと大きく。

でも、「声で給料が上がる」わけじゃないらしい

ここで僕は、いったん冷静になろうとしました。

「いやいや、声が低いだけで給料が上がるなんて、おかしいだろう」と。

そう思って読み進めたら、ちゃんと答えが書いてありました。 そして、その仕組みが地味にうまくできていて、感心してしまったんです。

どうやら、こういうことらしいんです。

声が低い人は、まず「リーダーっぽい」と周りに認識される。だから、より大きな会社のトップに選ばれやすくなる。そして、大きな会社を率いているから、結果として報酬も高くなる。

つまり、「低い声 → 直接お金」ではなくて、「低い声 → 大きな会社を任される → だから報酬も高い」という、間にワンクッション挟まった流れだったわけです。

声そのものに、給料アップのボーナスがついているわけじゃない。 声は、入り口の印象を左右しているだけ。

でも、その入り口の印象が、最終的にとんでもない差を生んでいる。

ここがいちばん、僕の背筋がぞわっとしたところです。

僕らは「中身で判断している」と思っていても、最初のドアを開けるかどうかは、案外こういう、本人にはどうしようもない要素で決まっていたりする。

じゃあ、みんなわざと低い声を出してるだけ?

ここまで読んで、僕はちょっと意地悪なことを考えました。

「結局それ、賢い経営者がわざと低い声を作って、周りを騙してるだけなんじゃないの?」

実績もないのに、低い声で威厳を演出して、いい役職に滑り込んでいる人がいるんじゃないか。そう疑ったわけです。なかなか性格が悪いですね、僕も。

ところが、調査チームも同じことを考えていたみたいで、ちゃんと検証していました。

決算説明会の中の、二つの場面を比べたんです。

一つは、台本を用意して、何度も練習できるプレゼンの場面。ここなら、声を低く作るのは簡単です。 もう一つは、投資家から厳しい質問がその場で飛んでくる、アドリブの質疑応答の場面。ここでは、声を意識的にコントロールするのはかなり難しい。

もし「わざと低くしている」なら、余裕のあるプレゼンのほうが低くなるはずですよね。

でも、結果は真逆でした。

厳しい追及を受けるアドリブの場面のほうが、声が低くなっていたんです。

つまり、これは演技じゃなかった。 追い詰められて、いわば「戦闘モード」に入ったとき、自然と声が低くなっていた。本能のほうの反応だったわけです。

作った威厳じゃなくて、にじみ出てしまう威厳。 なんというか、ずるいくらい本物でした。

この「声の力」は、たぶん人類より古い

ここまで考えていて、ふと思ったことがあります。

これって、別に現代のビジネスが生み出したルールじゃないんじゃないか、と。

もっと前。会社も、お金も、スーツも何もなかった、ずっと昔から続いている話なんじゃないか。

というのも、低い音っていうのは、自然界ではわりとはっきりした意味を持っているんです。

体が大きい動物ほど、声帯も大きくて、低い音を出します。だから低い声は、「こいつは体がデカい」「強そうだ」というサインとして機能してきた。つまり、低い声は太古の昔から「支配力の証」みたいなものだったわけです。

人間も、たぶん例外じゃありません。

低い声の男性は魅力的だと感じられやすく、子孫を多く残してきた、なんて話もあるくらいです。つまり、低い声が有利になる流れは、僕らがビジネスを始めるよりずっと前から、ずっと回り続けてきた。

そう考えると、決算説明会で起きていたことの見え方が、ちょっと変わってきます。

最先端の経済の現場で、頭のいい人たちが、合理的に最高の経営者を選んでいる。 僕はそういうイメージを持っていました。

でも実際にそこで起きていたのは、もしかしたら、もっと原始的なことかもしれない。

「低い音がする → 体がデカそう → 強そう → こいつについていこう」

そういう、何万年も前から脳に刻まれた反応が、スーツを着て、会議室で、こっそり作動しているだけなのかもしれません。

僕らは、自分のことをずいぶん賢くなった生き物だと思っています。データで判断して、論理で選んでいるつもりでいる。

でも、ドアの最初の一枚を開けるかどうかは、案外、洞窟にいた頃から変わっていない部分が決めている。

そう思うと、なんだか笑えてくるような、ちょっと怖いような、不思議な気持ちになりました。

最新の経済の話だと思って読み始めたのに、たどり着いたのは「人間って、やっぱり動物なんだな」というところだったわけです。

……と、ここで僕はちょっと立ち止まった

ここまで一気に書いてきて、急に不安になりました。

この話、面白すぎて、変なほうに使われそうだな、と思ったんです。

たとえば、「成功したければ声を低くしろ」みたいな、わかりやすい教訓に変換されてしまう。明日からボイトレを始めて、無理に低い声で喋り出す人が出てくる。

でも、さっきの検証を思い出してほしいんです。 作った低い声には、たぶん意味がない。だって、本物は「自然とにじみ出てくる」ものだったわけですから。

それに、これはあくまで「平均するとそういう傾向がある」という話です。声が高くて大きな会社を立派に率いている人なんて、世の中にいくらでもいます。一人ひとりの人生が、声の高さで決まるなんてことはありえない。声はあくまで入り口の印象であって、その先で何をやったかは、また別の話なはずです。

僕がこの話から本当に受け取るべきなのは、「声を低くしよう」じゃない。 もっと別のところにある気がしました。

それは、自分でも気づかないうちに、人を「声」で判断してしまっているという事実です。

だから僕は、自分の耳のほうを疑うことにした

声を低くする努力をするつもりは、僕にはありません。

録音で固まるくらいの軽い声と、これからも付き合っていきます。電話も、たぶん一生ちょっと苦手なままです。

そのうえで、この話から僕が決めたことが、一つあります。

それは、人の話を聞くとき、自分が「声の印象」に引っ張られていないか、いちいち疑ってみる、ということです。

低い声の人の意見を、無条件に「正しそう」と感じていないか。 高い声の人の意見を、なんとなく「軽そう」と切り捨てていないか。

たぶん僕は、これまで何度もやっていました。中身じゃなくて、音で判断していた。それはつまり、ちゃんと聞いていなかった、ということです。

声の低さに得があるのなら、その得は、聞き手である僕らの「勝手な印象」が作り出しているわけです。だったら、変えられるのは喋る側じゃなくて、聞く側のほうかもしれない。

自分の声は変えられないけど、自分の耳の癖は、意識すれば少しは直せる。

だから僕は、誰かの話を聞くとき、いったん声を脇に置いて、言っている中身だけを取り出してみる練習をしています。

やり方は単純で、低い声に「おっ」と反応した瞬間に、心の中で「いや、今のは声に反応しただけだぞ」と一回ツッコミを入れる。それから、その人が実際に何を言ったのかを、もう一度頭の中で文字にしてみる。声を消して、言葉だけにしてみるんです。

これをやってみて気づいたんですが、低い声で堂々と言われた「中身のないこと」って、けっこうあるんですよね。逆に、自信なさげな高い声で、ものすごく鋭いことを言っている人もいる。声を消して聞くと、その差がはっきり見えてくる。

今まで僕は、その差を全部、声でごまかされていたわけです。 ちょっと悔しい話です。

これがまた、びっくりするくらい難しいんですけどね。 低い声で堂々と語られると、いまだに「おお、なるほど」と頷きそうになる自分がいます。

それでも、頷く前に一回立ち止まれるようになっただけ、ちょっとはマシになった気がしています。

声が低い人が得をする世界は、たぶんこの先も変わりません。何万年も続いてきたものが、僕一人の心がけで消えるわけがない。

でも、自分が誰の声に動かされているのかを知っているだけで、流され方は少し変わる気がするんです。 得をするのが低い声なら、その得をこっそり打ち消せるのは、聞く側の自覚だけです。 僕はそう信じて、今日も、軽い自分の声で喋っています。

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