アトランティス大陸って、聞いたことありますよね。
海の底に沈んだ、超高度な文明を持った幻の大陸。映画やアニメ、ゲームの題材にもよく使われる、まさにロマンの王様みたいな存在です。
でも、こういう「失われた大陸」って、実はアトランティスだけじゃないんですよね。ムー大陸、レムリア大陸、メガラニカ大陸……名前だけは聞いたことがあるものから、今回初めて知ったものまで、調べてみると驚くほどいろいろある。
ある夜、その「伝説の大陸」たちをまとめて調べていたら、面白いことに気づいたんです。
同じ「沈んだ大陸」でも、ガチで実在が確認されているものから、完全に空想の産物まで、信憑性がてんでバラバラなんですよ。その「現実と空想のあいだのグラデーション」が、調べるほどに、めちゃくちゃ面白かったんですよね。
今回はそんな、伝説の大陸の話です。例によって、ほぼ僕の感想ですが、よかったら最後までお付き合いください。
実は「本当に沈んだ大陸」が見つかっている
最初に紹介したいのが、ジーランディア大陸です。
これ、僕は今回初めて知ったんですが、なんと「実在が認められている」沈んだ大陸なんですよね。
オーストラリアの東あたり、今のニュージーランド周辺に、かつて巨大な大陸があった。それが数千万年前に海の底に沈んでしまった。長いあいだ空想の大陸だと思われていたけど、最新の研究で「地質学的に実在した」と考えられるようになったらしい。
面積は推定でオーストラリア大陸の4割ほど。今は海面の1キロ下に沈んでいる。
つまり、「大陸がまるごと海に沈む」ということは、空想でも何でもなく、地球で実際に起きることなんです。
なんで沈んだかは、はっきりとは分かっていないんですが、火山活動やプレートの移動が原因という現実的な説が出ています。
そして面白いのが、ニュージーランドで見つかった化石。約300万年前のペンギンの祖先らしいんですが、それがなんと身長173センチ、体重100キロ近くと推定されている。
ほぼ大人の人間サイズのペンギンですよ。そんなのが、かつての大陸を歩き回っていたかもしれない。沈んだ大陸に、巨大ペンギン。これだけでもう、想像が止まらなくなりました。
ちなみに都市伝説の世界では、このジーランディアにも「高度な文明があった」とか「数千万年前に周辺大陸との戦争で文明が滅びた」みたいな話があるそうです。地質学的には実在が認められているからこそ、こういうオカルト的な尾ひれもつきやすいんでしょうね。実在の足場があると、空想も飛躍しやすい。これはこれで面白い現象だなと思います。
「あるはずだ」と信じられて探された大陸
次がメガラニカ大陸。これは少し毛色が違います。
古代ギリシャの時代、人々は「地球は球体だ」と考えていました。で、北半球にこれだけ陸地があるなら、バランスを取るために南半球にも大きな大陸があるはずだ、と推測したんですよね。
まだ見つかっていない南の大陸。それが「あるはずだ」という仮説として、長いあいだ信じられてきた。
面白いのが、これが完全な妄想じゃなくて、「論理的にあるはず」という推論から生まれた点です。
そして大航海時代、ヨーロッパの探検家たちが本気で南の海を探しまくった。マゼランとか、有名な探検家クックとか。
でも結局、思い描いていたような巨大な大陸は見つからなかった。代わりに見つかったのは、ニュージーランドやオーストラリア、そして南極大陸といった、複数の島々や陸地だった。
つまり「メガラニカ大陸」の正体は、バラバラの島々や南極のことだった、というオチなんですよね。
これ、なんか教訓めいてるなと思って。「あるはずだ」と信じて探すと、思い描いたものとは違うけど、別の本物が見つかることがある。探すこと自体には、ちゃんと意味があったわけです。
それと、メガラニカの話で個人的に好きなのが、探検家クックが南極大陸まで到達したというくだりです。夢見ていた巨大大陸は見つからなかったけれど、その執念が南極の発見に繋がった。空想を追いかけた結果、本物の発見にたどり着く。これってロマンの理想形だなと思うんですよね。
ここから一気に「あやしく」なってくる
ここまでは、まだ現実寄りの話でした。ここからは、だんだん雲行きがあやしくなってきます。
レムリア大陸という話があります。
きっかけは、けっこう真面目な疑問でした。キツネザルの仲間がマダガスカル島とインドの両方に痕跡を残していて、「この離れた場所に同じ動物がいるのは、昔は地続きだったからでは?」と考えた学者がいたんです。
それで「インド洋にかつて大陸があったのでは」と提唱された。これがレムリア大陸です。
出発点は、ちゃんとした生物学的な疑問だったんですよね。
ところが、その後の「大陸移動説」やプレートテクトニクス理論が確立されたことで、「動物が離れた場所にいるのは、大陸そのものが動いたから」と説明できるようになった。だから、わざわざ沈んだ大陸を持ち出す必要がなくなって、レムリア大陸の存在は否定される方向になりました。
ここまでは科学の話なんですが、問題はこの先です。
オカルトの世界で、レムリア大陸はどんどん尾ひれがついていきました。「レムリア文明があった」「レムリア人は脳を90%以上使えた」「テレパシーで会話していた」「食事をしなかった」「常に光り輝いていた」……。
もう完全にファンタジーです。さすがにここまでいくと、僕もついていけませんでした。
ただ、こういう「最初は真面目な仮説だったのに、いつの間にか神話になっていく」という流れ自体は、すごく興味深いんですよね。人間は、ぽっかり空いた「分からない部分」に、壮大な物語を流し込みたくなる生き物なんだなと。
ついでに言うと、「日本人はレムリア人の生まれ変わりだ」なんていう説まであるらしいです。日本人はおもてなし文化があって、愛と平和を大切にするから、と。
さすがにこれは、こじつけが過ぎる気もします。でも、こういう話を「自分もそうかも」と楽しめる感性は、嫌いじゃないんですよね。本気で信じるかどうかは別として、自分の日常にちょっとしたロマンを足すスパイスとしては、悪くない。要は付き合い方の問題なんだと思います。
王様のアトランティス、その元ネタは「伝聞のまた聞き」
そして真打ち、アトランティス大陸です。
これが有名になったのは、古代ギリシャの哲学者プラトンが、自分の著作の中に書いたからなんですよね。
大西洋にかつて栄えた、超高度な文明を持つ大陸。海の神が築いた国で、現代人を凌ぐ技術を持っていた、と。
ここで僕が「えっ」となったのが、その情報の出どころです。
プラトンは、アトランティスを自分の目で見たわけじゃないんです。
古代ギリシャの政治家が、エジプトでアトランティスの話を聞いてきて、それを別の人に伝えて、巡り巡ってプラトンが聞いて、著作に記した。つまり、伝聞のまた聞きのまた聞き、みたいな話なんですよね。
伝言ゲームじゃないですか、これ。
途中でどれだけ脚色されたか分かったもんじゃない。にもかかわらず、それが数千年語り継がれて、世界一有名な幻の大陸になっている。
物語の力って、すごいなと思います。事実かどうかより、「面白いかどうか」で生き残ってきた感じがする。
ちなみに、アトランティスがあったとされる場所は、これまでにいくつか候補が挙げられています。大西洋の島々の付近とか、北アフリカのある場所とか。1968年には、海底で1キロ以上の石畳のような遺跡が見つかって話題になったこともある。
完全に作り話と切り捨てるには、ちょっとだけ「引っかかる発見」もある。この絶妙な余白が、何千年も人々を惹きつけてきた理由なんでしょうね。
そして、アトランティスがどう消えたかという話もすごいんですよね。突然の大地震と大津波で、一夜にして海の底に沈んだとされている。神話的には、人間の傲慢に怒った神が沈めた、とも語られる。
面白いのが、旧約聖書に出てくる「ノアの方舟」の洪水伝説も、こういう大陸を襲った大災害が元ネタになったのでは、という見方があること。
世界中の神話に、なぜか「大洪水で文明が滅びる」話が共通して出てくるんですよね。これは、実際に大きな海面上昇や津波を経験した古代人の記憶が、形を変えて語り継がれているのかもしれない。
そう考えると、荒唐無稽に見える伝説の奥に、案外リアルな「人類の体験」が隠れている可能性もある。完全な作り話と切り捨てられないのは、こういうところなんですよね。
ムー大陸の元ネタが、思ったより込み入っていた
最後がムー大陸です。アトランティスと並ぶ、有名な幻の大陸ですね。
これは20世紀に、あるイギリス人作家が本を書いたことで一気に有名になりました。太平洋の真ん中に、東西8000キロ、南北5000キロという、とんでもない大きさの大陸があった、と。
で、この作家がどうやってムー大陸を「知った」かというエピソードが、また込み入っていて面白いんですよね。
彼はインドの寺院で僧侶と親しくなり、秘蔵の古い粘土板の存在を教えてもらった。そこに刻まれた絵文字を2年かけて解読したら、ムー大陸の記録が書かれていた、と。
さらにその後、メキシコで見つかった古代の石板に、インドの粘土板と同じ絵文字が刻まれていた。離れた大陸に同じ文字。これはかつて繋がっていた証拠では、と。
……という流れなんです。
正直、検証のしようがない話ではあります。でも「完全な思いつき」というより、本人なりに証拠を積み上げようとした形跡はある。そこが、ただのホラ話と少し違うところなんですよね。
ムー大陸の文明の描写は、これまた壮大です。6000万人以上がいて、いろんな人種が争わず平和に暮らしていて、不思議な力を持つ王が治めていた、と。
さすがに信じがたい。でも「太平洋にはイースター島みたいな謎の遺跡が点在している」という事実があるので、「絶対になかった」とも言い切れない。この「言い切れなさ」が、伝説の大陸という題材の魅力なんだと思います。
「現実と空想の境目」で遊ぶことについて
長々と書いてきましたが、伝説の大陸をまとめて調べて、僕が一番感じたのはこれでした。
「現実と空想は、はっきり線を引けるものじゃない」
今回出てきた大陸を並べてみると、信憑性が見事にグラデーションになっているんですよね。
ジーランディアは、ほぼ確実に実在した。メガラニカは、推論から生まれて、別の形で半分当たっていた。レムリアは、真面目な仮説からオカルトに変わっていった。アトランティスとムーは、伝聞や解読から生まれた、限りなく物語に近い存在。
「実在」から「空想」まで、きれいに段階があるんです。
そして大事なのは、その境目が、時代や技術によって動くということ。
ジーランディアだって、昔は「空想の大陸」扱いだったのに、研究が進んで「実在した」側に移った。逆にレムリアは、理論の進歩で「実在」から「空想」側に押し戻された。
つまり「現実」と「空想」の線は、固定されていない。今は空想とされているものが、いつか現実の側に来るかもしれないし、その逆もある。
考えてみると、「大陸がまるごと沈む」というスケールの話に、人がこれだけ惹きつけられるのも不思議ですよね。
たぶん僕らは、心のどこかで「今ある世界も、永遠じゃない」と感じているんだと思います。栄えた文明が一夜で消える。当たり前だった大地が海に沈む。その想像は怖いけれど、同時に、どこか惹きつけられる。
毎日同じように続く日常も、長い時間で見れば、いつか形を変えて消えていくのかもしれない。伝説の大陸の話は、そんな「すべては移ろう」という感覚を、壮大なスケールで思い出させてくれる気がします。
僕はこの話を知って、なんだか心がやわらかくなった気がしました。
オカルトを頭ごなしに「ありえない」と切り捨てるのも違うし、何でもかんでも信じ込むのも違う。「これはどのへんのグラデーションかな」と、その都度位置を測りながら楽しむ。それくらいの距離感が、一番ちょうどいいんじゃないかなと。
沈んだ大陸が、いつか海の底から本当に見つかる日が来るかもしれない。来ないかもしれない。
でも、その「かもしれない」を抱えて夜に想像をふくらませる時間が、僕はけっこう好きなんですよね。答えはいったん、海の底に預けておこうと思います。


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