ストーンヘンジって、写真では誰でも見たことありますよね。
イギリスの草原に、でっかい石がぐるっと円形に並んでいるアレです。世界遺産で、パワースポットとしても人気で、毎年100万人近くが訪れるとか。
僕はずっと「昔の人が何かの祭りで作ったんでしょ」くらいに思っていました。なんとなく、もう解明されているものだと思い込んでいたんですよね。
でもある夜、ちゃんと調べてみて、けっこう衝撃を受けました。
これ、いまだに「何のために作られたのか」が分かっていないんです。しかも、記録が残っている最古の言及が約900年前。つまり900年以上、人類はこの石の山に頭を悩ませ続けている。
今回はそんな、ストーンヘンジの話です。例によって、ほぼ僕の感想ですが、よかったらお付き合いください。
そもそも何なのか、誰も完全には知らない
基本情報からいきます。
ストーンヘンジは、イギリス南部の平野にある巨石建造物です。円形に立てられた巨大な石を、土塁が囲むような構造になっている。
作られたのは約4500年前と言われています。しかも、最初に円形の土塁が作られてから、巨石が立てられるまでに1500年ほどの開きがあるらしい。
1500年ですよ。世代どころか、文明レベルで時間が経っている。にもかかわらず、後の世代が同じ場所に石を立て続けた。何かよっぽどの理由があったとしか思えないんですよね。
そして、その「理由」が、いまだに分かっていない。
発見の記録としては、約900年前に聖職者が書いた歴史書に登場するのが最古とされています。その時点ですでに「歴史に刻むべき遺跡」として知られていた。つまり、900年前の人にとっても、ストーンヘンジは「すでに謎の古代遺跡」だったわけです。
900年前の人も「なんだろうこれ」と首をかしげていた。それを900年後の僕らも、まだ首をかしげている。なんだか壮大なリレーですよね。
「ローマ神殿説」「魔法使い説」、迷走の歴史が面白い
ストーンヘンジが何なのか、昔の人もいろいろ考えてきました。その迷走っぷりが、けっこう味わい深いんですよね。
たとえば1600年代には、イギリス初の建築家とされる人物が「これはローマの神殿だ」と主張しました。それなりに地位のある人だったらしいんですが、今ではこの説は採用されていません。
1700年代には、別の研究者が「ケルト民族の宗教施設だ」と結論づけました。これも後に誤りとされています。
理由が面白くて、ケルト人がイギリスに渡ってきたのは、ストーンヘンジが作られたよりずっと後の時代だったんです。時系列が合わない。作った後から来た人が作れるわけがない、と。
そして極めつけが、中世の時代の説。
なんと「魔法使いの魔法で運ばれた」と信じられていたらしいんです。
伝説に登場する魔法使いが、魔法でこの巨石を運んだ、と。
笑っちゃいますけど、当時としては真剣だったんですよね。だって、あんな重い石を人力で運べるなんて思えない。だったら魔法しかない、と。説明がつかないものを前にしたとき、人は「超自然的な力」に頼りたくなる。これは現代の宇宙人説とも通じる発想だなと思いました。
石が、とにかく重い。そして遠い。
ストーンヘンジを構成する石は、大きく2種類あります。
ひとつが、高さ9メートル、重さ30トンにもなる巨石。もうひとつが、それより小さい「ブルーストーン」と呼ばれる石です。
30トンって、ゾウ5頭分くらいの重さらしいです。それがいくつも立っている。総重量を考えると、もう気が遠くなる。
しかも問題は、その石がどこから来たかです。
小さい方のブルーストーンは、なんと約200キロも離れた場所から運ばれてきたことが分かっています。大きい石の方も、研究で産地がだいぶ絞られてきて、25キロほど離れた場所が有力とされている。
4500年前の人が、30トンの石を、25キロも200キロも運んだ。
どうやって?という話ですよね。
そりに乗せて滑らせた説、丸太の上を転がした説、当時は川が流れていて船で運んだ説。いろんな合理的な説が出ています。でも、どれも「当時の技術では実現できなかったのでは」という指摘もあって、決定的な答えは出ていない。
運び方すら、まだ謎のまま。すごくないですか。すぐそこにある石なのに、運び方が分からない。
60年間行方不明だった「石のかけら」が解いた謎
巨石の産地を巡っては、ちょっと面白いエピソードがあります。
1958年の補修工事のときに、巨石からくり抜かれた石のかけらがあったんですよね。ところが、そのかけらが行方不明になってしまった。
それが見つかったのが、なんと60年後の2018年。
工事の関係者だった男性が、アメリカの自宅に持ち帰っていたらしいんです。記念に持って帰っちゃったんでしょうかね。おおらかというか何というか。
で、そのかけらを最新技術で分析したことで、巨石の産地がかなり特定できた。60年も眠っていた石ころが、世紀の謎を解く鍵になったわけです。
しかも面白いのが、この産地について、17世紀の考古学ファンがすでに同じ場所を指摘していたという話。
400年前に、一人のアマチュア愛好家が、勘なのか何なのか、現代科学が出した結論にたどり着いていた。なんだかゾクッとしますよね。
こういう「点と点が時を超えて繋がる」エピソードが、僕は歴史の中で一番好きなんです。
一つだけ、はっきりしていること
ここまで「謎」「謎」と連発してきましたが、ストーンヘンジについて一つだけ、はっきりしていることがあります。
それは、夏至の日に、特定の石と中心の祭壇を結んだ延長線上から、太陽が昇ってくるということです。
これは偶然では起こりにくい配置だとされています。
つまり、ストーンヘンジを作った人たちは、太陽の動きについて、かなり正確な知識を持っていた。少なくとも「夏至にここから日が昇る」と分かっていた可能性が高い。
石器時代というと、マンモスを槍で追いかけているようなイメージがありますよね。でも実際は、天体の動きを把握して、それに合わせて巨大建造物を設計できるほどの知恵を持っていた集団がいた。
これ、考えると鳥肌が立ちます。
巨大な石を運ぶには、大勢を統率するリーダーが必要だし、設計する頭脳も必要だし、指示通りに動く組織も必要です。4500年前に、それだけ高度に組織化された社会が存在していた。
僕らはつい「昔の人は素朴だった」と思いがちですけど、全然そんなことない。むしろ、すごい連中だったんですよね。
「パワースポット」と呼ばれる、ちゃんとした理由
ストーンヘンジは、パワースポットとしても有名です。
僕は最初、「神秘的な雰囲気だから、なんとなくそう呼ばれてるんだろう」と思っていました。でも、これにも一応の根拠があるらしいんですよね。
ある考古学者が、イギリス南部の遺跡や聖地と呼ばれる場所を地図上で確認したところ、それらが直線的に繋がっていることに気づいたそうです。
この直線は「レイライン」と呼ばれ、エネルギーが流れる道だと考えられている。そしてストーンヘンジは、他の遺跡へ繋がるレイラインが何本も集まる場所にある。だから特別なエネルギーが秘められたパワースポット、というわけです。
正直、レイラインが本当にエネルギーの道なのかは、僕には分かりません。「複数の遺跡が直線上に並ぶ」のは、偶然そう見えるだけかもしれない。
ただ、毎年の夏至には、世界中から数千人がストーンヘンジに集まって、日の出を迎える儀式をするそうです。普段は近づけない巨石に、その日は間近まで寄れる。
科学的に証明されているかどうかは別として、これだけ多くの人が「何かを感じたい」と集まってくる場所であることは確かです。人が何千年も惹きつけられ続ける。それ自体が、ある種の力なのかもしれませんね。
結局、誰が作ったのか
これも気になるところですよね。誰が、あの重い石を運んで立てたのか。
よく「ケルト人が作った」と言われがちなんですが、これは誤りとされています。さっき書いたとおり、ケルト人がイギリスに来たのは、ストーンヘンジが作られた後だからです。
5世紀ごろに別の民族がイギリスにやってきたとき、ストーンヘンジはすでに人影もなく、放棄された状態だったという話もあります。
つまり、作った人たちは、その時点ですでにいなくなっていた。
現在では、「もっと昔からその土地にいた先住民が作った」と考えられています。ただ、はっきりした手がかりは見つかっていなくて、断定は難しいのが現状です。
作った人たちは、自分たちのことを何も書き残していない。文字を持たなかったか、残らなかったか。だから僕らは、石と骨と地面の痕跡から、想像するしかない。
このへんが、ナスカの地上絵ともよく似ているなと思いました。声なき古代人たちが、僕らに巨大な宿題を残していった感じです。
「なぜ作ったか」の説も、ことごとく否定されてきた
じゃあ何のために作ったのか。これにもいくつか説があります。
派手なところでは「宇宙人との交信説」。重すぎる石を運べるわけがない→宇宙人が関わったのでは、という流れです。ナスカと同じパターンですね。ロマンはありますが、根拠は薄い。
「天文観測の施設だった説」もあります。太陽や月の配置から、日食を予測するために使ったのでは、という説。一見すごく納得感があるんですが、「当時の技術で、夏至や冬至の日を正確に把握して、それに合わせて建設するのは不可能では」という指摘があって、否定の傾向にあるそうです。
夏至に太陽が昇るのは事実なのに、それを意図して作れたかは別問題、ということなんですね。ややこしい。
そして現在、最有力とされているのが「治療施設・埋葬地説」です。
小さい方のブルーストーンには、人を癒す力があると信じられていたらしい。当時は科学が未発達だったので、巨石に神秘の力を見出していたのかもしれない。
そしてストーンヘンジの周辺からは、たくさんの人骨が見つかっている。だから「病を癒す場所であり、そのかいなく亡くなった人を埋葬する場所でもあった」という説です。
これはこれで、けっこう納得感があるんですよね。でも、これも決定打ではない。結局のところ、確定はしていないんです。
実は、ピタゴラスの定理も日本のストーンサークルも
調べていて「へえ」と思った話を二つ。
ひとつは、ストーンヘンジの建設に、なんとピタゴラスの定理(三平方の定理)が使われていた可能性があるという話。直角三角形のあの定理です。
4500年前に、現代でも習うあの定理が使われていたかもしれない。ピラミッドなど他の古代遺跡でも似た数学的手法が見つかっているらしく、「歴史に消えた天才たち」がいたのかもしれない、と想像すると胸が熱くなります。
もうひとつは、実は日本にも似た遺跡があるという話。
「ストーンサークル(環状列石)」と呼ばれるもので、北海道や秋田などに存在します。秋田の有名なものは約4000年前に作られたとされていて、ストーンヘンジとそんなに変わらない年代です。
祭祀や葬送の儀式に使われたと考えられているらしい。
遠く離れたイギリスと日本で、同じ時代に、石を円形に並べる文化があった。直接の繋がりはないはずなのに、人間って同じようなことを考えるんだなあと、不思議な気持ちになりました。
それと、2019年には新しい発見もありました。ストーンヘンジの近くで、直径10メートル・深さ5メートルという巨大な穴が、20個も見つかったんです。
調べてみると、これは自然にできた穴ではなく、新石器時代に人の手で掘られたものだった。しかも、それらの穴は直径2キロもの巨大な円を描くように点在していた。
研究チームは、この穴が「特定の人だけが越えられる境界線」として使われたのではないかと指摘しています。
4500年前の石の遺跡だと思っていたものが、実は半径1キロ規模の、もっと巨大な何かの一部だったかもしれない。新しい発見があるたびに、謎はむしろ深まっていく。これがまた、たまらないんですよね。
「謎が残っている」ことの、ありがたさについて
長々と書いてきましたが、ストーンヘンジを調べて僕が一番感じたのは、これでした。
「答えが出ない謎が900年も残っているって、すごく贅沢なことだな」
僕らは何でもすぐ分かる時代に生きています。検索すれば答えが出るし、知らないことはほぼない、みたいな気分にすらなる。
でもストーンヘンジは、900年以上、人類が本気で調べ続けても、まだ「なぜ」が分からない。技術が進歩して、石の産地は分かった、年代も分かった、太陽との関係も分かった。でも、肝心の目的は分からないまま。
これって、ちょっと安心する話だなと思ったんですよね。
世界には、まだ僕らの手に負えないものが残っている。何千年も前の人間が、僕らをいまだに悩ませている。それだけ、人間という存在には底知れない部分があるということです。
全部が解明されて、すべてに答えが出た世界は、たぶんつまらない。
分からないものを前にして、ああでもないこうでもないと考える。その時間こそが、実は一番贅沢なのかもしれません。
だから僕は、ストーンヘンジの謎が、もうしばらく解けないままでいてくれたらいいなと思っています。そしてたまに、その石のことを思い出しながら、夜にぼんやり想像をふくらませる。それくらいの距離感で、世界の謎と付き合っていきたいんですよね。



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