ナスカの地上絵って、誰でも一度は見たことありますよね。
砂漠にでっかく描かれた、ハチドリとかサルとかの絵。空から見ないと全体像が分からないやつですね。「宇宙人が描いた」とか「宇宙船の滑走路だ」とか、いろんな説が飛び交うアレです。
正直、僕も子供のころは「宇宙人が描いたんでしょ」くらいに思っていました。夢があるじゃないですか、宇宙人。ロマンですからね。
でもある夜、ちゃんと調べてみたんです。そしたら、思っていたのと全然違った。
宇宙人とか滑走路とか、そういう派手な話じゃない。もっと地道で、もっと人間くさくて、そしていまだに「答えが出ていない」という事実そのものが、すごく面白かったんですよね。
今回はそんな、ナスカの地上絵の話です。例によって、ほぼ僕の感想ですが、調べてみると本当に奥が深かったので、よかったらお付き合いください。
まず、デカすぎる
基本情報からいきます。
ナスカの地上絵は、南米ペルーの砂漠に描かれた古代の絵です。絵柄はだいたい30種類、線まで含めると700以上も残っているらしい。
描かれた場所は、首都リマから南へ約400キロ。東京駅から新大阪駅くらいの距離です。そんな遠くの砂漠に、ぽつんと巨大な絵が広がっている。
どれくらいデカいかというと、鳥を描いた最大の絵は285メートルもあるそうです。
285メートルの鳥ですよ。地上を歩いていても、デカすぎて何の絵なのか分からない。全体を把握するには、飛行機に乗って上空から見るしかない。
ここで素朴な疑問が湧きますよね。
「数千年前の人が、空から見ないと分からない絵を、なんで描けたの?」
これがまさに、ナスカの地上絵が「謎」と呼ばれ続けてきた理由なんです。
「宇宙人説」が出てくるのも、分かる気はする
空から見ないと分からない絵。当時は飛行機も気球もない。
だったら「上空から見られる存在=宇宙人が関わっているのでは?」という発想が出てくるのも、まあ分かるんですよね。ロマンとしては最高ですし。
でも、実際に研究されてきた描き方は、もっと現実的なものでした。
地上絵は、表面の黒っぽい砂利を取り除いて、その下の明るい土を露出させることで描かれているそうです。要は、表面をひっかいて線を作っている。意外とシンプル。
描き方の説もいくつかあって、たとえば「拡大法」というのが有名です。
小さい原画を用意して、地面に基準となる杭を打ち、紐を使って同じ形を巨大に拡大していく。日本の大学の研究では、「小学校の算数レベルの知識があれば作成可能」という論文も出ているらしいです。
小学生でも描ける、と言われると、ちょっと拍子抜けしますよね。宇宙人どこ行った、と。
ちなみに、もうひとつ「種まき応用法」という説もあります。複数人が横に並んで、歩幅を合わせて前進しながら距離を測って、均等な絵を描くという方法です。これはこれで、集団作業っぽくて好きなんですが、この方法だと大きい絵は50メートルくらいが限界らしい。やっぱり超巨大な絵の謎は残るわけです。
ただ、この方法でもキレイに描けるのは200メートルくらいまでで、それ以上の超巨大な絵をどう描いたのかは、いまだに謎のままだそうです。なので完全には解明されていない。このへんが面白いんですよね。
描いた人たちが、めちゃくちゃ人間くさい
僕がこの話で一番好きになったのが、ここです。
実際の地上絵をよく見ると、線が曲がっていたり、左右が対称じゃなかったり、けっこう「雑」な部分もあるらしいんですよね。
中には「岩にぶつかったから、そこで折り返した」みたいな、行き当たりばったりっぽい描き方の絵もあるとか。
これ、すごく良くないですか?
僕らはつい「古代の壮大な遺産」と聞くと、寸分の狂いもない神秘的な技術を想像してしまう。でも実際は、「あ、岩あるじゃん。じゃあここで曲がっとくか」みたいな、わりと現場のノリで描いていたかもしれない。
数千年前の人も、僕らと同じように、行き当たりばったりで、ちょっと面倒くさがって、でも一生懸命やっていた。
そう想像すると、急に親近感が湧いてくるんですよね。地上絵が、神秘の遺産から「ご先祖さまの大作業」みたいに見えてくる。僕はこの感覚が、けっこう好きでした。
誰が、いつ描いたのかは、ちゃんと分かっている
「謎の地上絵」と言われますが、実は分かっていることもけっこうあります。
たとえば、誰が描いたか。これは、1000年〜2000年以上前に、この地に住んでいた古代文明の人々だと推測されています。
なんで分かるかというと、地上絵の近くから出土した土器の絵柄と、地上絵の絵柄が一致したからだそうです。
土器を作っていた人たちと、地上絵を描いた人たちは、同じ集団だった可能性が高い。土器のかけらが地面に含まれていたことで、描かれたおおよその年代も特定できた。
地味だけど、すごい推理ですよね。残された手がかりを一つずつ繋いで、「誰が、いつ」を割り出していく。
こういう地道な調査の積み重ねを知ると、「宇宙人が一晩で描いた」みたいな話より、よっぽどロマンを感じてしまうんですよね。人間の探究心の方が、よっぽどすごい。
発見の経緯も、ちょっとドラマ
ナスカの地上絵が「発見」されたのは、20世紀に入ってからです。正確には1939年。
アメリカの考古学者が、飛行機で上空を飛んでいたときに、偶然この巨大な絵に気づいたそうです。
考えてみると、これも面白い話で。地上絵自体は数千年前からそこにあったのに、「上空から見る手段」がなかったから、長いあいだ誰も全体像に気づけなかったわけです。
地元の人は、足元に線があることは知っていた。でも、それが巨大な一枚の絵だとは思っていなかった。飛行機という技術が生まれて初めて、「あ、これ絵だったのか」と分かった。
すぐそばにあっても、見る角度が変わらないと気づけないものって、世の中に意外と多いのかもしれません。
そして、この絵を横切るように、後の時代に巨大な幹線道路が造られて、いくつかの絵が壊されてしまったという歴史もあるそうです。世界遺産になる前の話で、当時はその価値が知られていなかった。
貴重なものほど、価値に気づかれる前に失われやすい。これもなんだか、考えさせられる話でした。
「何のために描いたか」だけが、本当に分からない
ここからが本題です。
誰が、いつ、どうやって描いたかは、ある程度分かってきた。でも「何のために描いたのか」という目的だけは、いまだに分かっていないんです。
いくつか説があります。
一番有力とされてきたのが「天文学説」。地上絵の線が、太陽の沈む方向や、星座の位置と関係しているんじゃないか、という説です。
乾燥地帯で農業をするには、雨が降る時期を正確に知る必要がある。だから季節の移り変わりを把握するために、地面に線を引いて、天体の動きを記録したんじゃないか、と。
この説を支えたのが、生涯をかけてナスカを研究した、ある女性研究者でした。彼女は現地に住み込んで、38歳から95歳まで、なんと57年間も地上絵を研究し続けたそうです。
57年ですよ。一つの謎に、人生を丸ごと捧げた人がいる。それだけで胸が熱くなります。
もう一つの有力説が「道や広場説」。儀式や祭りのときに、絵の上を歩いたり、人が集まる広場として使ったりしたんじゃないか、という説です。
地上絵の中に石が積まれた跡があったり、何かを捧げた痕跡があったりすることが根拠とされています。
どちらも説得力があって、複数の研究者が同じ結論にたどり着いている。
「星座を地面に写した」という説も、捨てがたい
目的の説には、もう一つ「星座と季節説」というロマンのかたまりみたいなものもあります。
これは、こういう発想です。
地上絵には動物がたくさん描かれていますが、絵を描くには「モデル」が必要ですよね。じゃあ、そのモデルをどこから持ってきたのか。
候補のひとつが、星座だというんです。
数千年前は、当然ながら電気も街灯もない。夜は本当に真っ暗で、その分、星は今とは比べものにならないほど綺麗に見えていたはずです。都会より田舎の方が星が綺麗なのと同じ理屈で、古代の夜空は満天だったでしょう。
そんな夜空を見上げた古代の人々が、「あの星の並び、鳥っぽくない?」「あれはサルに見える」と、星座に動物を見出した。そして星座の位置が季節で変わることに気づいて、季節を知るために、その絵を地面に写した。
……という説です。
本当かどうかは分かりません。でも、夜空を見上げて動物の形を探す古代の人を想像すると、なんだか僕らと同じだなと思うんですよね。今だって、星座にいろんな形を見出して名前をつけている。
数千年前の人も、同じ夜空を見上げて、同じように想像をふくらませていた。そう思うと、地上絵がぐっと身近に感じられます。
最有力だった説が、ひっくり返った話
ところが、です。
長年「最有力」とされていた天文学説が、後の研究で否定されてしまったんですよね。
ある天文学者が、当時最高レベルのコンピューターを使って計算したところ、地上絵の線や図形のほとんどは、天体の動きとは関係ないことが分かったらしいんです。
たまたま一部の線が天体の動きと一致していただけで、大半は無関係。
これ、なかなかショッキングな話です。「これが答えだ」と思われていたものが、技術の進歩によって崩れてしまった。
しかも厄介なことに、地上絵を描いた古代の人々は、文字を持たない民族だったそうです。だから記録文書が残っていない。「なぜ描いたか」を本人たちが書き残してくれていない以上、僕らは推測するしかない。
結局、「何のために描いたのか」は、再び謎に包まれてしまった。これだ、という決定的な答えは、今もない。
ちなみに、日本がめちゃくちゃ活躍している
これは知らなかったんですが、ナスカの地上絵研究で、日本の大学がすごい成果を出しているんですよね。
世界で唯一、現地での立ち入り調査を認められている研究チームが、日本にあるそうです。山形大学が現地に研究所まで設立している。
人工衛星の画像を精査して、新しい地上絵を次々に発見したり、ドローンを使った調査で、シャチや踊る人、サルの絵を見つけたり。
「数千年前の絵が、現代の最新技術で新たに見つかる」って、なんか時間がねじれてるみたいで面白いですよね。
ちなみに、なぜ数千年も地上絵が消えなかったのかも、研究で分かってきています。
理由は、気候と場所選び。この地域は1万年以上、ほとんど雨が降らない極端な乾燥地帯。年間の雨量はわずか5ミリ程度らしい。だから絵が流されない。
さらに古代の人々は、わざわざ「消えにくい場所」を選んで描いていたことも分かってきたそうです。
数千年後に自分の作品が残ることまで意識していたのか。だとしたら、なかなかロマンチストですよね。
「答えが出ない」ことの、心地よさについて
長々と書いてきましたが、僕がナスカの地上絵を調べて一番感じたのは、ちょっと意外なことでした。
「答えが出ないって、案外いいものだな」
最初、僕は「宇宙人が描いた」みたいな派手な答えを期待していました。スッキリする答えが欲しかった。
でも調べていくと、誰が・いつ・どうやって描いたかは分かってきたのに、肝心の「なぜ」だけが、いまだに分からない。最有力説すらひっくり返ってしまった。
普通なら「結局答え出ないのかよ」とガッカリするところです。
でも、不思議とそうは思わなかったんですよね。
むしろ、「数千年経っても解けない謎が、まだこの地球に残っている」という事実に、なんだかホッとした。
僕らはつい、何でもすぐに答えを出したがります。検索すれば一瞬で答えが出る時代ですしね。でも、すぐ答えが出ないものに、人は何十年も人生を捧げたりする。あの57年間研究した女性のように。
答えが出ないからこそ、人は惹きつけられる。考え続けられる。ロマンを感じられる。
全部の謎がスッキリ解けてしまった世界より、まだ分からないことが残っている世界の方が、たぶん豊かなんですよね。
だから僕は、ナスカの地上絵の「なぜ」が、当分は解けないままでいいなと思っています。いつか解ける日が来るとしても、それまでの「分からなさ」を、もう少し味わっていたい。
謎は、急いで潰さなくていい。分からないものを、分からないまま大切に抱えておく。たまにはそういう夜があってもいいんじゃないかと、僕は思っています。



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