シーラカンスって、名前は聞いたことありますよね。
「生きた化石」と呼ばれる、なんかすごい魚。僕も小学生のとき図鑑で見て「ふーん」くらいで終わっていました。正直に言うと、そんなに興味はなかったんです。
でもある夜、たまたまシーラカンスの話を深掘りしていたら、もう止まらなくなってしまったんですよね。
調べれば調べるほど、この魚、ただ「古い魚」じゃないんですよね。生き残り方も、子供の産み方も、そもそもの正体も、全部が常識からズレている。そして最終的に、僕自身の生き方みたいなところにまで話が繋がってきた。
今回はそんな、シーラカンスという不思議な魚の話です。例によって、ほぼ僕の感想ですが、よかったら最後までお付き合いください。
「絶滅したはずの魚」が、突然見つかった話
まず発見の経緯からして、もうドラマなんですよね。
シーラカンスは、6500万年前に恐竜と一緒に絶滅したと、長いあいだ思われていました。化石でしか存在を知られていなかった魚。
ところが1938年、ある博物館の学芸員のもとに、漁師から「変な魚が網にかかった」と連絡が入ります。見に行くと、全身が硬い鱗で覆われ、足のようなヒレを持った、見たこともない魚だった。
冷凍設備がなくて泣く泣く剥製にして、知り合いの学者にスケッチを送ったところ、判明したのが「絶滅したはずのシーラカンス」だった。
ここでしびれるのが、最初の発見者が「2匹目」を探し始めるくだりです。
懸賞金までかけたのに、全然見つからない。でも諦めなかった。「最初に見つかった場所は、たまたま流れ着いただけで、本当の生息地は別にあるはずだ」と考えて、海流とかを論理的に検討して、約3000キロも離れた別の場所に狙いを定めた。
そして、その読みが当たる。2匹目が見つかったのは、最初の発見から14年後のクリスマスイブだったそうです。
14年ですよ。一つの魚を、14年探し続ける。執念がすごい。最高のクリスマスプレゼントだったでしょうね。
それに、地元の漁師がわざわざ博物館の学芸員に連絡したというのも、地味にいい話だなと思ったんですよね。普段から「珍しい魚を見つけたら教えてね」とお願いして、漁師たちと交流していたらしい。地道な人間関係が、歴史的発見に繋がった。こういう「準備していた人のところに幸運が来る」みたいな話、僕は結構好きなんです。
体の構造が、もう普通の魚じゃない
シーラカンスは、体長2メートル近く、体重100キロ近くまで育つそうです。けっこうデカい。
でも面白いのは大きさじゃなくて、体の中身なんですよね。
たとえば背骨。普通の魚には背骨がありますが、シーラカンスには背骨の代わりに、ホースみたいな管が頭から尾まで通っている。肋骨もない。
浮き袋も変わっていて、普通は空気が入っているところ、シーラカンスは脂肪が詰まっている。深海の水圧に耐えるためらしいです。
そして一番の特徴が、ヒレ。
胸ビレと腹ビレに、他の魚にはない大きな骨と関節がある。途中まで「腕」みたいに伸びて、その先がヒレになっている。
これ、何かに似てると思いません?
そう、なんとなく「手足の原型」っぽいんですよね。実際このヒレの構造が、魚から陸上の生き物への進化を解き明かす手がかりになるんじゃないか、と研究されているらしい。
つまりシーラカンスは、海の魚と、陸の動物の「あいだ」あたりに位置しているかもしれない生き物なんです。地味にすごい話だと思います。
なぜ4億年も、姿を変えずに生き残れたのか
「生きた化石」と呼ばれる理由は、化石のシーラカンスと、今のシーラカンスの姿がほとんど同じだからです。
数億年前から、姿形がほぼ変わっていない。
ここで僕が一番考えさせられたのが、「なぜ進化しなかったのか」という話でした。
理由は、シーラカンスが暮らす深海の環境が、数億年前からほとんど変わっていないからだそうです。
環境が変わらないなら、無理に体を変える必要がない。それに、深海は天敵も少ない。つまり「変わらなきゃいけない理由」がなかったから、変わらずに生き残れた。
これ、聞いたとき妙にグサッときたんですよね。
僕らはなんとなく「進化=偉い」「変化し続けることが正しい」みたいに思いがちじゃないですか。成長しろ、アップデートしろ、変わり続けろ、と。
でもシーラカンスは、変わらないことで4億年を生き延びた。
もちろん全く同じというわけじゃなくて、使わなくなった鱗や肺が少しずつ退化してはいるらしい。でも基本構造は、ずっとそのまま。
「変わらないこと」が弱さとは限らない。むしろ、それが最強の生存戦略になることもある。シーラカンスを見ていると、そんなふうに思えてきました。
子供を「5年」もお腹で育てる、規格外の母
シーラカンスの繁殖の話が、これまた衝撃でした。
シーラカンスは「卵胎生」という形をとっていて、メスがお腹の中で卵を孵化させて、ある程度育ててから産むんですよね。
で、その「お腹で過ごす期間」が、なんと5年程度らしいんです。
5年ですよ。人間が10ヶ月、最長記録だったゾウですら22ヶ月。その記録を、シーラカンスは大幅に塗り替えてしまった。
しかも一度に30個ほどの卵を体内に抱えて、孵化したあとも30〜40センチに育ててから産むそうです。お母さん、大変すぎる。
ちなみにシーラカンスが大人になる(成熟する)のは、50歳くらいだそうです。50歳でようやく繁殖が可能になる。寿命も、最近の研究では100年くらいあるんじゃないかと言われている。
なんというか、全部のペースが、僕らの感覚とまるで違うんですよね。
50年かけて大人になって、5年かけて子供を産む。せかせかした現代社会から見ると、ありえないくらいゆっくり。でも、それで何億年も続いてきた。
「早く成果を出せ」と急かされ続ける僕らとは、時間の流れ方そのものが違う。なんだか、ちょっと羨ましくなりました。
実はシーラカンス、2種類いる
これも調べて初めて知ったんですが、シーラカンスって1種類じゃないんですよね。
1つ目が、最初に紹介した南アフリカで見つかったタイプ。アフリカシーラカンスと呼ばれていて、色は濃い紺色。
2つ目が、1997年にインドネシアで見つかったタイプ。こっちはインドネシアシーラカンスと呼ばれていて、色は茶褐色です。
このインドネシアのシーラカンスの発見エピソードがまた面白くて。発見した学者さん、なんと新婚旅行中だったらしいんです。
旅行先の市場で売られている魚を見て「これシーラカンスじゃない?」と気づいたとか。新婚旅行中に世紀の魚を見つける引きの強さ、すごいですよね。さすがに買って持ち帰るわけにもいかず、写真だけ撮ったらしいです。後日ちゃんと調査して、DNA検査の結果、アフリカのものとは別種だと判明した。
どちらも深海に生息しているという共通点があって、やっぱり「環境の変わらない深海」が、彼らの生き残りの鍵だったんだなと改めて思います。
食べてみた人の感想が、ひどすぎた
ここでちょっと笑った話を。
シーラカンスは今でこそ保護されていて食べられませんが、貴重だと分かる前は、普通に食べられていたらしいんです。
で、その味の感想がひどい。
淡白で旨味がまったくなく、筋が多くてゴワゴワしていて、「歯ブラシを食べているみたい」だったそうです。歯ブラシて。
しかも身にワックス成分が含まれていて、たくさん食べるとお腹を壊す。おまけに寄生虫も多い。完全に「食べちゃダメな魚」のフルコースです。
ある有名な漫画家さんも企画で食べたことがあるらしいんですが、感想は「薄味すぎる」みたいなものだったとか。
かつてシーラカンスを食べていた島の人たちは、この魚を「食べてはいけない魚」という意味の名前で呼んでいたそうです。
これ、考えてみると皮肉が効いていて。
もしシーラカンスが「めちゃくちゃ美味しい魚」だったら、とっくに食べ尽くされて、本当に絶滅していたかもしれない。
まずかったからこそ、生き残れた。
役に立たないこと、価値がないと思われていることが、結果的に身を守ることもある。これもまた、なんか人生の教訓みたいだなと思ってしまいました。考えすぎですかね。
「生き残ったのに、絶滅の危機」という皮肉
ここはちょっと真面目な話になります。
4億年も生き延びてきたシーラカンスですが、現在は絶滅危惧種に指定されています。しかも、絶滅の危険性が一番高いランクに分類されているらしい。
国際的な条約でも一番厳しい規制対象になっていて、原則として商業展示も禁止されている。それくらい貴重で、数が少ない魚なんですよね。
問題は、もともと個体数が少ないのに、けっこうな頻度で捕まってしまうという点です。
近年、サメのヒレなどの需要が高くて、漁師が以前より深い場所に罠を仕掛けるようになった。すると、深海に住むシーラカンスも、その罠にかかってしまう確率が上がる。狙っていないのに、巻き込まれてしまうわけです。
4億年、天敵もほとんどなく、環境の変化にも晒されず、静かに生き延びてきた。そんな魚が、最後の最後で「人間の都合」によって追い詰められている。
これはさすがに、なんとも言えない気持ちになりました。
あれだけ長い時間を生き抜いてきた生命を、僕らの世代で終わらせてしまうのは、なんか申し訳ない。直接何ができるわけでもないけれど、せめて知っておくことくらいはしたいなと思いました。
「変わらない」ことの強さについて、僕が思うこと
長々と書いてきましたが、シーラカンスを調べて僕が一番受け取ったのは、これでした。
「変わらないことは、必ずしも悪いことじゃない」
現代って、変化を称賛しすぎる時代だと思うんですよね。
新しいスキルを身につけろ、時代に乗り遅れるな、立ち止まったら終わりだ。そういうメッセージが、四方八方から飛んでくる。僕も焦らされる側の一人です。
でもシーラカンスは、変わらないことで4億年を生き延びた。深海という、自分に合った静かな場所で、急がず、せかさず、ゆっくり生きてきた。
もちろん、シーラカンスが正しくて、変化が間違っているという話じゃないです。環境が激変する場所で生きる生き物は、変わらなきゃ滅びる。それも事実。
ただ、「自分はどっちのタイプなんだろう」と考えるきっかけにはなりました。
無理に流行を追って消耗するより、自分に合った環境を見つけて、そこでゆっくり生きる方が向いている人もいる。たぶん僕は、わりとそっち寄りの人間です。
それともう一つ、シーラカンスから学んだことがあります。それは「すぐに役立たなくても、価値がある」ということです。
シーラカンスは、食べてもまずいし、特に人間の役に立つわけでもない。でも、その存在自体が、人類の進化の謎を解く貴重な手がかりになっている。経済的な価値とは全然別のところで、計り知れない価値を持っている。
僕らはつい「これは何の役に立つのか」で物事を測ってしまいがちです。自分の趣味や、好きなことに対してすら、「これって意味あるのかな」と考えてしまう。
でも、すぐに役立つかどうかと、価値があるかどうかは、別の話なんですよね。シーラカンスを見ていると、そう思えてきます。
変わらなきゃと焦る夜は、これからもあると思います。でもそんなときは、深海でじっと生き続けてきたあの不格好な魚のことを、ちょっと思い出そうと思っています。
ちなみに、生きたシーラカンスを展示している施設は、今のところ世界のどこにもないそうです。深海の生き物なので、生きたまま飼うのが極めて難しい。
ただ、静岡の沼津港深海水族館が、世界で唯一シーラカンスの冷凍標本を展示しているらしいんですよね。生きた姿に近い状態で保存されたシーラカンスが、何体か見られるそうです。
生きている姿を見られないのは残念だけど、世界で唯一の場所が日本にあるというのは、ちょっと誇らしい気もします。いつか実物を、この目で見てみたい。4億年を生きてきた魚と、ガラス越しに対面する。想像するだけで、なんだか背筋が伸びる気がします。
4億年、変わらず生きてきた先輩がいる。それだけで、なんだか少し、肩の力が抜けるんですよね。
知れば知るほど、興味なんてなかったはずのこの魚が、好きになっていく自分がいました。最初の「ふーん」は、どこへ行ったんだろう。何でも、ちゃんと調べてみると面白いものですね。食わず嫌いはもったいない。これは魚の味の話じゃなくて、興味の話です。



コメント