石油はなぜ中東に集中しているのか?調べたら地球規模のドラマだった
こないだガソリンスタンドで給油したとき、値段を見て思わず二度見した。
レギュラー1リットル180円。
満タンにしたら8000円を超えた。財布が悲鳴を上げた。一人暮らしの会社員にとって、ガソリン代は地味にダメージがでかい。
で、ふと思ったのだ。
「このガソリン、元をたどればどこから来てるんだろう」
答えはもちろん石油だ。石油を精製してガソリンにしている。そしてその石油のほとんどは、中東から来ている。
世界の石油埋蔵量のおよそ6割が、中東に集中しているらしい。
6割。地球がこれだけ広いのに、半分以上がペルシャ湾の周辺にある。
世界で最も裕福な家族のランキングを調べたら、上位はほとんど中東の王族だった。サウジアラビア、クウェート、カタール。石油がある国はとにかく金持ちだ。一方こっちはガソリン代で8000円を嘆いている。世の中、不公平にもほどがある。
でも「なぜ中東なのか」については、考えたことがなかった。なんとなく「中東=石油」というイメージだけがあって、その理由まで突き詰めていなかった。小学校の社会科で「サウジアラビアは石油が取れます」と習ったけど、「なぜサウジアラビアなのか」は教えてもらった記憶がない。テストに出ないからだろうか。
気になって調べてみたら、そこには地球46億年の壮大な物語が詰まっていた。プランクトン、火山噴火、大絶滅、プレートの移動。スケールがデカすぎて、ガソリン代8000円の悩みがどうでもよくなるくらいだった。今回はその話を書いてみたい。
そもそも石油って何からできてるの?
まず基本的なところから。
石油の正体は、大昔の海のプランクトンが地中で変化したものだ。
海にいたプランクトンが死んで海底に沈み、その上に土砂が積もり、何千万年もの時間をかけて高い圧力がかかり、液体の石油に変わる。
ざっくり言えばそういうことだ。恐竜の死骸が石油になった——みたいなイメージを持っている人もいるかもしれないけど、実際にはプランクトンが主な原料だ。恐竜ではない。恐竜に罪はない。
ちなみに、よく比較される石炭は植物が地中で変化したものだ。石炭が植物由来、石油が(主に)動物由来。どちらも「大昔の生物が地中の圧力で凝縮された」という点は同じだけど、原料が違う。
じゃあなぜ片方は固体(石炭)で片方は液体(石油)なのか。僕も最初は不思議に思った。同じように地中で圧力がかかっているのに、なぜ状態が違うのか。
ざっくり言うと、植物のほうが硬いからだ。植物は分子間の結合が強くて複雑なので、地中の圧力でも完全には溶けきらない。だから固体のまま残る。一方、プランクトンなどの動物由来の成分は分子間の結合が弱いので、圧力で液体になりやすい。
考えてみれば、肉は簡単に噛み切れるけど、セロリの筋はなかなか切れない。人間が草を食べられないのも、植物の繊維が硬すぎて消化できないからだ。あの「硬さ」の差が、石炭と石油の違いにつながっていると思うとちょっと面白い。
石油が石炭より「すごい」理由
話を進める前に、なぜ石油がこんなに重宝されているのかを整理しておきたい。
もともと世界のエネルギーの主役は石炭だった。18世紀後半のイギリスで産業革命が起こり、蒸気機関が誕生した。蒸気機関車が走り、工場が動き、世界は一変した。石炭は水を沸騰させて蒸気を作り、その力でエンジンを回す。シンプルだけど革命的な仕組みだ。
でも石炭には弱点があった。重いのだ。
蒸気機関車を見ればわかるけど、石炭を運ぶためだけの車両が必要なくらい、燃料がかさばる。鉄道のような大型輸送にはいいけど、もっと小さくて小回りのきく乗り物——つまり自動車——には向かなかった。
実際、蒸気で動く自動車も作られたらしいけど、エンジンが大きくて重すぎて、壁に激突する事故も起きていたそうだ。自動車なのに小回りがきかないって、もう自動車の意味がない。
そもそも蒸気機関車を見ればわかるけど、石炭を運ぶためだけの専用車両がある。燃料を運ぶために車両が1つ必要って、冷静に考えるとコスパが悪すぎる。大型輸送の鉄道だからこそ成り立っていたわけで、小型の自動車には別のエネルギー源が必要だった。
そこで注目されたのが石油だった。
石油は液体だから、石炭に比べて運搬も貯蔵も圧倒的にラクだ。しかも分子構造的に発火しやすく、燃焼効率が高い。少ない量で大きなエネルギーが得られる。
石油からガソリンを精製して世界初のガソリン自動車を作ったのは、あのメルセデス・ベンツの創業者カール・ベンツだ。その後アメリカのフォードが量産に成功し、自動車は世界中に普及した。
こうして20世紀は「石油の世紀」と呼ばれるようになった。現在、世界中の海上輸送物資のおよそ3分の1は石油だという。世界を走る船の3隻に1隻が石油を運んでいる計算だ。
僕たちの生活は石油なしには成り立たない。車のガソリンだけじゃない。プラスチック、合成繊維、医薬品、化粧品。身の回りのありとあらゆるものが石油から作られている。今僕がこの記事を書いているパソコンのキーボードだって、素材はたぶん石油由来だ。
これだけの資源を握っている中東の国々が巨万の富を手にしているのも、まあ当然だろう。僕がガソリン代8000円で嘆いている間に、中東の王族はそのお金で何をしているのか。考えないほうが精神衛生上よさそうだ。
石油ができる「3つの条件」
さて、ここからが本題だ。
なぜ石油は中東にこれだけ集中しているのか。
実は、石油というのは条件さえ揃えば地球上のどこでもできるらしい。ただし、その「条件」がめちゃくちゃ厳しい。
大きく分けて3つの条件が必要だ。
① 海洋プランクトンが大量にいること
② そのプランクトンの死骸が海底に大量に沈むこと
③ 地中で十分な圧力がかかって石油化すること
ひとつずつ見ていくと、それぞれに「なるほど」と思わされる事情がある。
条件①:温かい海はむしろ「貧しい」
まず①の「プランクトンが大量にいる海」という条件。
直感的に考えると、温かい海のほうがプランクトンは多そうだ。熱帯の海は色とりどりの魚がいてサンゴ礁がきらめいていて、なんだか豊かなイメージがある。
でも実際は逆だ。温かい海のほうが、植物プランクトンは少ない。
これには理由がある。植物プランクトンが育つには太陽の光と栄養の両方が必要だ。栄養というのは窒素やリンなどのことで、これらは主に生物の死骸が分解されることで生まれる。
問題は、海の中では死骸がどんどん底に沈んでいくこと。つまり栄養は海の深いところに溜まり、光は海の浅いところにしか届かない。
植物プランクトンは上層にいると光は得られるけど栄養がない。深層に行くと栄養はあるけど光がない。とんでもないジレンマだ。
冷たい海では、冬に表面が冷えて重くなった水が沈み込むことで上層と深層の水が混ざり合い、栄養が上に運ばれる。だからノルウェーやカナダのような寒い地域のほうが漁業が盛んなのだ。言われてみれば、確かにそうだ。北海道の海産物が美味いのも、同じ理屈なのかもしれない。冷たい海は栄養が循環するから、プランクトンが育ち、それを食べる魚も育つ。
一方、温かい海では太陽光で温められた上層の水が軽いままなので、深層と混ざりにくい。栄養が下に沈んだまま上がってこない。だからプランクトンが育ちにくい。
じゃあ、温かい海ではプランクトンは絶対に増えないのか?
実は、チート級の方法がひとつある。川から陸上の栄養を流し込むことだ。
温暖な陸地は栄養が豊富だ。その栄養を大きな川が土砂ごと海に流し込めば、太陽光が降り注ぐ海の上層にダイレクトに栄養が供給される。光も栄養もマシマシ。植物プランクトンにとっては天国だ。
そしてまさにこの条件を完璧に満たしていたのが、約2億年前の中東だった。
当時の中東は、大陸に囲まれた浅い海——「テチス海」と呼ばれる巨大な入り江のような場所だった。周囲の陸地から河川を通じて大量の栄養が流れ込み、強烈な太陽光もある。植物プランクトンが爆発的に繁殖していた。
大陸に囲まれた巨大な入り江。しかも浅い。太陽の光が海底まで届く。そこに河川から栄養がドバドバ流れ込んでくる。プランクトンにとってはオールインクルーシブのリゾートみたいな環境だ。そりゃ繁殖する。
条件②:地球規模の大絶滅が起きた
プランクトンがいくら増えても、それを食べる生物がいたら死骸は海底に溜まらない。食物連鎖の中で消費されてしまう。
ところが、約1億年前に地球で史上最大規模の火山噴火がいくつか発生した。
この噴火で地中に閉じ込められていた二酸化炭素が大量に吹き出し、急激な地球温暖化が起きた。温暖化で氷河が溶け出し、塩分を含まない軽い水が海面に溜まって海を蓋するように覆った。
結果、海面近くの酸素を含んだ水が海底まで届かなくなり、海底は酸欠状態になった。ほとんどの海洋生物が酸欠で死滅したのだ。
一方、二酸化炭素が増えたことで植物プランクトンの光合成はむしろ活発になった。でもそれを食べる生物がほぼいない。だから、たくさんの太陽エネルギーを蓄えたプランクトンの死骸が、誰にも消費されないままどんどん海底に沈んでいった。
石油の原料が、ものすごい勢いで溜まっていったわけだ。
皮肉な話だと思う。地球規模の大災害が、何億年後かの人類にとっての「宝物」を作り出していたのだから。当時の海洋生物にとっては地獄だったはずだけど、その犠牲のおかげで僕たちは車に乗れている。ガソリンを入れるたびに、1億年前のプランクトンに黙祷を捧げるべきなのかもしれない。さすがにやらないけど。
ちなみに、このとき海底に積もった白い死骸の地層が由来で、この時代は**「白亜紀」**と呼ばれている。恐竜がいた時代のあの白亜紀だ。名前の由来がプランクトンの死骸だったとは知らなかった。
条件③:プレートの境目という幸運
最後の条件は、地中で十分な圧力がかかることだ。
海底に沈んだプランクトンの死骸は、そのままでは石油にならない。上から大量の土砂が積もり、長い時間をかけて圧力がかかることで初めて液体の石油に変わる。
ここでも中東は恵まれていた。中東はちょうどユーラシアプレートと他のプレートの境目にあたる地域で、地層がどんどん沈み込んでいく構造になっていた。
プレートの境目だから、上に土砂がどんどん積もる。つまり自動的に圧力がかかり続ける。何百万年、何千万年というスケールで、じわじわとプランクトンの死骸が押しつぶされていく。
しかもそもそもテチス海自体がプレートの動きでパンゲア大陸が分裂した結果できた海だったのだから、プレートの境目にあるのはある意味必然だったのだ。全部つながっている。地球のプレート運動が海を作り、プランクトンを育て、火山を噴火させ、圧力をかけて石油に変えた。究極的には、すべてプレートの動きが生んだ奇跡だったのだ。
プランクトンの大繁殖 × 大量絶滅による死骸の蓄積 × プレート運動による圧力。
この3つが奇跡的に重なった場所が、中東だった。石油があるべくしてある場所なのだ。
じゃあ石炭はなぜ世界中にあるの?
ここまで読んで、「石油がレアなのはわかったけど、じゃあ石炭はなんで世界中で採れるの?」と疑問に思った人もいるかもしれない。僕も同じことを思った。
答えはシンプルだ。石炭ができやすい時代が過去に地球全体であったからだ。
今から約3億5000万年前、地球は季節の変化が少ない温暖な気候で、高さ30メートルもの巨大な森林が世界各地に広がっていた。ビル10階建てに相当する巨木の森だ。
しかもこの時代、植物を食べる大型の動物はまだ進化していなかった。かろうじて大きな昆虫や両生類がいた程度だ。つまり植物は食べられることなく大繁殖し放題だった。
さらに決定的だったのが、地中で植物を分解する微生物がまだ発達していなかったこと。枯れた木がそのまま地中に埋まり、分解されずに石炭になっていった。この時代はあまりに石炭が大量にできたので、**「石炭紀」**という名前がついているほどだ。
ちなみに石炭紀で大量の植物が大気中の二酸化炭素を吸収しまくった結果、その後地球は温暖でなくなり氷河期を迎えたらしい。植物が頑張りすぎて地球を冷やしてしまったわけだ。何事もやりすぎはよくない。
石炭の材料である植物は世界中どこにでも繁殖する。ロシアの極寒地帯にも針葉樹の森はある。それに対して、石油の材料である海洋プランクトンは、さっき書いた通り特殊な条件でしか大繁殖できない。この差が、石炭は世界中にあるけど石油は中東に偏っている理由だ。
石油はあと何年もつのか
最後に、よく聞く話について触れておきたい。
「石油はあと40年でなくなる」——これ、僕が子どもの頃にも聞いた覚えがある。
でも調べてみると、この「あと40年」は1980年頃からずっと言われ続けているらしい。40年以上前から「あと40年」なのだ。矛盾している。
実はこの数字は「今の技術で採掘可能な石油があと40年分」という意味であって、地中にある石油の総量を示しているわけではない。技術が進歩して新しい油田が発見されたり、これまでコストが合わなかった場所の採掘が可能になったりするたびに、この数字はリセットされる。
2020年の経済産業省の資料では「あと50年」になっていたらしい。むしろ増えている。年を取らないアイドルみたいだ。
とはいえ、石油が有限の資源であることは間違いない。プランクトンの死骸が何千万年かけて石油になるスピードに対して、人間が使うスピードはあまりにも速い。貯金を切り崩しているようなもので、いつかは底をつく。
その頃、人類が石油に頼らないエネルギーへの転換を終えていられるかどうか。電気自動車や太陽光発電の普及が進んでいるけど、まだまだ道半ばだ。それはこれからの僕たちの努力次第だろう。
8000円のガソリン代の正体
ガソリンスタンドで8000円を払ったあの日、僕は何も考えていなかった。
でも今なら、あの8000円の裏側にある途方もないストーリーを少しだけ知っている。
2億年前の巨大な入り江で大繁殖したプランクトン。地球規模の火山噴火と大絶滅。何千万年もかけてゆっくり圧力がかかり、液体の石油に変わっていく過程。それが人間に発見され、精製され、船で運ばれ、ガソリンスタンドに届き、僕の車のタンクに注がれる。
1リットル180円のガソリンの中には、地球2億年分のドラマが濃縮されている。
そう思ったら——いや、やっぱり8000円は高い。ドラマがあろうがなかろうが、財布は痛い。
でも、こういうことを知っておくと、なんとなく世界の見え方がちょっとだけ変わる気がする。ガソリンスタンドで給油するたびに、2億年前のプランクトンに思いを馳せる——とまではいかないけど、少なくとも「ああ、地球ってすげぇな」くらいは思えるようになった。
分からないまま、でも知れてよかったなと、僕はなんとなくそう思っている。



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