イカがヤバすぎる生物だった件|心臓3つで空も飛ぶチート生物の正体
こないだスーパーでイカを買った。
刺身用のスルメイカが安かったのだ。一人暮らしの自炊は基本めんどくさいけど、イカの刺身だけは別だ。切って醤油つけて食べるだけ。料理スキルがゼロでもなんとかなる。骨もないし、皮を剥くのがちょっと面倒なくらいで、あとは包丁でザクザク切ればいい。
で、醤油をつけて口に入れた瞬間、ふと思った。
「イカって、なんでこんなに美味いんだろう」
いや、美味いのは知ってる。問題は「なぜ」だ。
気になって調べてみたら、イカの「美味さ」には科学的にかなり面白い理由があった。そしてそこから芋づる式にイカについて調べていったら、とんでもない生物だということがわかってしまった。
心臓が3つある。空を飛ぶ。体の色を自在に変えて会話する。目が人間より高性能。
……なんだこの生物。
今回は、スーパーで198円だったスルメイカに端を発した、イカという生物のヤバさについて書いてみたい。食べるだけでは申し訳ないくらい、こいつらはすごかった。
イカの「美味さ」は科学的に異常だった
まず、最初の疑問——「なぜイカは美味いのか」について。
人間が食べ物を「美味しい」と感じる大きな要因のひとつに、イノシン酸といううまみ成分がある。肉や魚が美味しいのは、このイノシン酸が含まれているからだ。焼肉が美味い、刺身が美味い、だいたいイノシン酸のおかげだと思っていい。
じゃあイカにもイノシン酸がたっぷり入っているのかというと——入っていない。
えっ、と思った。あんなに美味いのに?
調べてみると、イカの甘みの正体はアデノシン一リン酸という別の成分らしい。イノシン酸なしであの美味さを実現しているのだ。しかもイカは低カロリー・高タンパクという栄養面でも優等生で、身体に良いのに甘くて美味いという、ちょっと意味がわからないスペックを持っている。
ダイエット中の人にとっても最強の味方だ。美味いのに太りにくい。こんな都合のいい食材が海の中にゴロゴロいるのだから、地球はわりと優しい星なのかもしれない。まあ、僕はダイエット中にイカの一夜干しをつまみにビールを飲んで、結局プラマイゼロどころかプラスになったことがあるので偉そうなことは言えないけど。
さらに、イカは軟体動物だから骨がない。
これ、地味にめちゃくちゃ大事だ。僕は小学生のころ、魚の骨が喉に刺さるのが怖すぎて魚嫌いだった時期がある。あの「チクッ」が本当に無理だった。でもイカにはそもそも骨がないから、その恐怖がゼロだ。子どもでもお年寄りでも安心して食べられる。
「骨がないなら他の軟体動物も同じでしょ?」と思うかもしれない。確かにクラゲも軟体動物だけど、クラゲの体の95%は水でできている。骨がない代わりに体内の水が骨格の役割を果たしているから、陸に上げるとぺしゃんこになってしまう。食べられる部分もごくわずかだ。
一方イカは、骨がないのにしっかりとした筋肉を持っている。だから食べごたえがある。プリプリした歯ごたえ、あれは筋肉の食感だ。軟体動物なのに筋肉質。なんだかジムに通っているスライムみたいな存在だ。
ちなみにイカの語源には諸説あるけど、「いか」は「いい+か(食べ物)」が変化したもの、つまり**「すごい食べ物」**という意味だという説があるらしい。語源の時点で食材としての評価がカンストしている。
ただ、このあまりの美味さが原因で、イカがイカを食べるという事態も起きている。いわゆる共食いだ。このせいでイカの養殖は非常に難しいとされている。美味すぎて同族にまで狙われるとは、イカも大変だ。
面白いのは、これだけ美味しいイカなのに欧米ではあまり食べられていないという事実だ。旧約聖書に「鱗のない魚は食べてはならない」という記述があり、そこからタコやイカを食べる習慣が根づかなかったらしい。
もったいない話だ。あの美味さを知らないなんて、人生の3割くらい損していると個人的には思う。逆に言うと、日本に生まれたというだけでイカの刺身を堂々と食べられるのだから、これはもう文化的な特権と言っていい。
ちなみにイカは世界の漁獲量のうち、日本がかなりの割合を占めている。やっぱりみんな好きなんだ。居酒屋のメニューにイカの一夜干しがない店なんて見たことがない。国民食と言ってもいいレベルだと思う。
心臓が3つある理由
さて、ここからがイカの本当にヤバいところだ。
イカは心臓を3つ持っている。
ゲームのラスボスみたいだ。ライフが3本あるのかと思いきや、残念ながらそういうことではない。1つでも心臓が止まれば体内に酸素が行き渡らなくなって死んでしまう。
じゃあなぜ3つも心臓があるのか。
その理由は、イカの移動方法にある。
多くの魚はヒレを使ってゆらゆら泳いでいる。優雅だ。のんびりしている。
でもイカは違う。イカは水をジェット噴射して移動するのだ。体の中に水を取り込んで、それを勢いよく吐き出すことで高速移動する。大きい種類のイカだと時速40キロにも達するらしい。
時速40キロ。自転車どころか、原付バイク並みのスピードだ。しかも水の中で。というか、人間が全力で走っても時速40キロは出ないから、普通に人間より速い。僕が全力疾走してもイカに負ける。なんだか悲しいような、イカがすごいような。
当然、この高速移動には大量の酸素が必要になる。人間だって全力で走ったら息切れするのと同じで、イカの筋肉もジェット噴射に大量の酸素を消費する。
だからイカは、メインの心臓1つに加えて、酸素を効率よく全身に送るための補助ポンプとして2つの心臓を搭載している。合計3つ。
エンジン3基搭載の高速船みたいなものだ。パワーが違う。
人間の心臓は1つだけで、それでも毎分約5リットルの血液を全身に送っている。イカはそれを3つの心臓でやっている。しかもイカの血液は、人間の赤い血液と違って青いのだ。人間の血液がヘモグロビン(鉄)で酸素を運ぶのに対し、イカの血液は**ヘモシアニン(銅)**で酸素を運んでいる。銅が酸化すると青くなるから、血が青い。
ロイヤルブルーの血を持つ高速生物。なんだかSF映画に出てくるエイリアンみたいだ。実際、エイリアンのモデルのひとつがイカやタコだという話もあるくらいだから、あながち的外れでもない。
ちなみに、この高い運動能力の代償なのか、イカの平均寿命はたったの1年ほどしかない。生き急いでいる。1年で成長して、繁殖して、一生を終える。人間の80年と比べると、なんともせわしない人生だ。
でも考えようによっては、成長が早いということでもある。捕食者だらけの海の中で、のんびり育っている暇はない。早く大きくなって、逃げる力をつけなければ生き残れない。イカの1年は、僕たちの1年とはまるで密度が違うのかもしれない。
1年で生まれて、成長して、恋をして、子孫を残して、死んでいく。そう考えると、イカの一生は短いけれど、ものすごく濃い。
僕は20代後半にもなって、まだ「自分って何がしたいんだろう」とか考えている。イカを見習えとは言わないけど、もうちょっとテキパキ生きたほうがいいのかもしれない。……いや、人間には人間のペースがある。たぶん。
光って隠れるという矛盾
イカの不思議な能力はまだまだある。
イカは光る。
ホタルイカが有名だけど、イカの仲間には体に500~600個もの発光体を持っている種がいる。クリスマスツリー並みの光量だ。
でも、ここで疑問が浮かぶ。
暗い海の中で光ったら、めちゃくちゃ目立つんじゃないか?
普通に考えたら、捕食者に「ここにいますよ!」とアピールしているようなものだ。チョウチンアンコウみたいに光でエサをおびき寄せるならわかるけど、イカの場合は違う。
実はイカが光るのは、太陽の光に擬態するためだ。
昼間、海の上から太陽の光が差し込んでくる。イカはそのとき自分の体を光らせる。すると、下から見上げた捕食者にとって、イカの光と太陽の光が同化して見分けがつかなくなる。光ることで、逆に見えなくなるのだ。
そして夜になると光るのをやめて、今度は闇に溶け込む。
昼は光で隠れ、夜は闇で隠れる。24時間フルタイムで擬態している。なんという徹底ぶりだ。僕も会社でこれくらい徹底して存在感を消せたらいいのに、と思った。いや、それはそれで問題か。
というかこの仕組み、よくよく考えるとめちゃくちゃ高度だ。自分が光っている明るさと、太陽光の明るさをリアルタイムで合わせなきゃいけない。明るすぎても暗すぎても捕食者にバレる。つまりイカは、周囲の光をリアルタイムで感知して、自分の発光量を微調整しているということになる。
夜になったら光をオフにする切り替えの正確さも含めて、イカの光制御能力は相当なものだ。照明デザイナーも顔負けである。
目が人間より高性能
イカの目を見たことがあるだろうか。
かなりデカい。ギョロっとしていて、ちょっと怖いくらいだ。水族館で目が合うと、なんだか見透かされているような気分になる。
で、このイカの目、見た目だけじゃなくスペックもヤバい。
普通、骨のない動物(無脊椎動物)の目は「複眼」といって、小さな目がたくさん集まった構造をしている。昆虫の目がそうだ。解像度はあまり高くない。
ところがイカは無脊椎動物なのに、**人間と同じ「単眼」**を持っている。しかも解像度が高い。
さらにすごいのが、人間の目にある「盲点」がイカにはないという点だ。
盲点というのは、目の構造上どうしても見えない部分のことで、人間を含むほとんどの生物の目に存在する。でもイカの目にはそれがない。つまり視野に死角がないのだ。
捕食者から逃げる生物にとって、死角がないというのは計り知れないアドバンテージだ。どこから襲われても見逃さない。360度とまではいかないけど、人間よりも広い視界をクリアに見ている。
僕は視力0.1で、眼鏡がないと3メートル先の人の顔も判別できない。それなのにイカは海の中であの高解像度だ。勝てる気がしない。
なぜイカがここまで高性能な目を持っているのかは、完全には解明されていないらしい。一説には、高解像度の目から送られてくる膨大な視覚情報を処理するために脳が発達し、脳が発達したからさらに複雑な行動ができるようになった——という好循環が起きたのではないかとも言われている。
つまり「目がいい → 脳が育つ → 賢くなる → もっとうまく逃げられる」というサイクルだ。逃げるために進化した目が、結果的にイカ全体のスペックを底上げしたのかもしれない。
目は口ほどにものを言う、なんて言葉があるけど、イカの場合は目が脳ほどにものを育てたと言ったほうが正確かもしれない。
体の色を変えて「会話」する
イカの知能もまた異常だ。
まず、無脊椎動物の中ではタコと並んで脳がずば抜けて大きい。脳のニューロン(神経細胞)の数は約5億個で、これは犬と同じくらいだという。
骨すらない軟体動物が、犬並みの知能を持っている。ペットとして飼ったら芸を覚えるんじゃないかとすら思ってしまう(寿命1年なので色々と厳しいけど)。
実際、イカは学習能力が高いことが実験でも確認されている。迷路を解いたり、瓶の蓋を開けてエサを取り出したりする映像もあるそうだ。骨がない、ふにゃふにゃの軟体動物がだ。見た目に反して中身は相当なインテリなのである。
なぜここまで知能が発達したのかも、まだ完全にはわかっていない。目から送られてくる大量の視覚情報を処理する必要があったから、という説もあるし、10本の足(正確には8本の腕と2本の触腕)を複雑に制御するために脳が発達したという説もある。いずれにしても、イカの脳は見た目からは想像できないほど高機能だ。
そしてこの高い知能を使って、イカは体の色を変えてコミュニケーションを取る。
イカの皮膚の下には色素胞という特殊な細胞がある。たとえばヤリイカなら黄色と赤褐色の色素胞を持っていて、これらの細胞は筋肉で吊るされている。筋肉を収縮させたり弛緩させたりすることで、色素胞を広げたり縮めたりして、体全体の色を自在にコントロールできるのだ。
しかも、ただ色を変えるだけじゃない。色の変化パターンを使って他のイカと情報をやりとりしているのだ。
カメレオンも色を変えるけど、あちらは主に体温調節のためだ。水温が一定の海の中にいるイカにはその必要がない。イカが色を変える理由は、純粋にコミュニケーションのためなのだ。
しかもこの会話能力の最大のメリットは、異性を口説けることらしい。つまり高度なナンパだ。
オスのイカは体の色パターンを変えてメスにアピールする。中には体の右半分はメスへのアピール色、左半分はライバルのオスを威嚇する色に同時に変えるという器用すぎる個体もいるという。二枚舌ならぬ二枚肌だ。
さらに面白いのは、体の小さいオスがメスに擬態して大きいオスの警戒をすり抜け、こっそりメスに近づくという戦略を取ることもあるらしい。知能が高いからこそできる、姑息だけど賢いテクニックだ。
世界中のどんなハイスペック生物でも、結局やることはナンパなのか。運動ができて、賢くて、コミュ力が高くて、見た目まで自在に変えられる。イカ、完璧すぎないか。
僕はコミュ力が低いので、イカを見習いたい気持ちと、イカに嫉妬する気持ちが半々だ。
イカは空を飛ぶ
最後にとっておきのヤバい事実がある。
イカは空を飛ぶ。
スプラトゥーンの話じゃない。リアルの話だ。
「トビイカ」と呼ばれる種類のイカは、口から水を噴射してロケットのように海面から飛び出し、ヒレと足を翼のように広げて空中を滑空する。
その加速力がまたえげつない。海面から飛び出してわずか1秒で最高時速100キロに達するという。新幹線の半分以上のスピードだ。水の抵抗がなくなる空中では、海の中よりはるかに速く移動できる。
飛行距離は最大50メートルにも及ぶらしい。50メートルプールの端から端まで飛ぶイカ。想像するとシュールだけど、当のイカは必死だ。
ちなみにこのトビイカの飛行は、ただ勢いで飛び出しているわけじゃない。ヒレを翼のように使って**揚力(ようりょく)**を得ている。揚力というのは飛行機の翼が受ける、空気に持ち上げられる力のことだ。つまりイカは、飛行機と同じ原理で空を飛んでいる。
ライト兄弟が飛行機を発明したのが1903年。でもイカは何億年も前から同じ原理で飛んでいた。パイオニアはイカだった。まあ、イカに特許の概念はないだろうけど。
なぜ飛ぶのかというと、やはり天敵から逃げるためだ。海の中の捕食者は、まさか獲物が空を飛ぶとは思っていない。空までは追いかけてこられない。まさに想定外の逃走経路だ。
しかも、大きいイカは体が重くて飛べないから、小さくて若いイカが大きいイカの共食いから逃げるときにも使うのだという。イカの世界もなかなかハードだ。
海中で時速40キロ、空中で時速100キロ。心臓3つ。目に盲点なし。体の色を自在に変えてコミュニケーション。知能は犬並み。
なんだこの生物は。
正直、調べる前は「イカなんて、刺身か天ぷらかイカ焼きか、くらいの認識しかなかった。スーパーで買う安い食材。それ以上でもそれ以下でもない。
でも中身を知ったら、もう以前と同じ目では見られなくなった。心臓3つで青い血を流しながらジェット噴射する、光って消える、空を飛ぶ、体の色で会話する、盲点のない目を持つ、犬並みに賢い生物。それがあの198円のスルメイカの正体だったのだ。
逃げ続けて4億年
ここまで調べてみて、僕が一番すごいと思ったのは、イカの能力そのものよりも、その能力が「逃げるため」に進化したものだということだ。
イカの祖先が生まれたのは約4億年前だとされている。恐竜が栄えた時代も、恐竜が絶滅した時代も、イカは生き延びてきた。
なぜ生き延びられたのか。
美味すぎるがゆえにあらゆる捕食者に狙われ、逃げて、逃げて、逃げ続けた結果、心臓を3つに増やし、ジェット噴射を覚え、光で身を隠し、目を進化させ、知能を上げ、ついには空まで飛ぶようになった。
**逃げることを全力で極めた結果、チート級の能力を手に入れた生物。**それがイカだ。
なんだろう、これを知ったとき、ちょっと勇気をもらった気がした。
僕も割と「逃げてばかりの人間」だと自分では思っている。嫌なことがあると後回しにするし、面倒な人間関係からはそっと距離を置く。それを「逃げ」だと思って、ちょっと後ろめたく感じることもある。
でもイカを見てみろ、と思う。4億年も逃げ続けた結果、地球上で最もハイスペックな生物のひとつになっている。逃げることは、ただの敗北じゃない。逃げ方を工夫し続けることで、生き延びるための力が身につく——のかもしれない。
「人類滅亡後に地球を支配するのはイカではないか」なんていう話もあるらしい。高い知能、優れた身体能力、コミュニケーション能力、環境適応力。たしかに、スペックだけ見たらあながちありえない話でもない気がする。
まあ、僕の場合は逃げた先でからあげクンを食べているだけなので、イカほどカッコよくはないんだけど。
それでも、「逃げてもいい」と思えるだけで、なんだか少しだけ呼吸がしやすくなる。
分からないまま、でも今日もイカに感謝しながら、僕はスーパーの鮮魚コーナーに立っている。次は刺身じゃなくて煮物にしてみようかな。あるいはイカリングもいい。198円のスルメイカに、こんな壮大なドラマが隠されていたとは思わなかった。
食べるたびに、ちょっとだけ敬意を払いたい。4億年を生き延びた超生物に。



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