眠れない夜に、僕は古代エジプトの謎について考えていた
ある夜、僕はエジプトに取り憑かれた
ある夜のことでした。 特にやることもなくて、ぼーっとスマホを眺めていたんです。
そうしたら、たまたま古代エジプトの話が目に入ってきて。 なんとなく読み始めたら、気がついたら深夜二時を回っていました。
こういうとき、いつも思うんです。 「なんで僕は明日仕事なのに、紀元前千年のファラオの話を真剣に読んでいるんだろう」って。
でも、止まらないんですよね。 エジプトって、知れば知るほど「分からないこと」が増えていく場所で。 むしろ、分かっていることの方が少ないくらいなんじゃないか、とすら思います。
今日はそんな、僕が眠れない夜にぐるぐる考えていた「古代エジプトの謎」について、勝手な考察を書いてみようと思います。
先に言っておきますが、僕は考古学者でも歴史家でもありません。 ただの会社員です。 だから、ここに書くことは全部、夜中にテンションがおかしくなった人間の独り言だと思って読んでください。
アブシンベル神殿の、年に二日だけの奇跡について
最初にどうしても書きたいのが、アブシンベル神殿の話です。
この神殿、何がすごいかというと、年に二日だけ、朝日が神殿の奥の一番神聖な場所まで一直線に差し込むように設計されているそうなんです。 しかも、その二日は二月二十二日と十月二十二日。 差し込む時間は、わずか二十分ほど。
最初にこの話を読んだとき、僕は正直「はいはい、偶然でしょ」と思いました。 だって、紀元前千二百六十年頃ですよ。 その時代に、地球の公転と自転の角度を計算して、山をくり抜いて神殿を作るなんて、常識的に考えて無理じゃないですか。
でも、現実にそれが起きている。
ここで僕は一度立ち止まって考えたんです。 もし僕が当時のエジプトで「神殿を作れ」と言われたら、どうするだろうって。
多分、毎日光が入る方向に入り口を向けます。 だってその方が楽だから。 年に二日だけ、しかも二十分だけ光が届くように調整するなんて、面倒くさいを通り越して、もはや嫌がらせのレベルです。
でも、彼らはそれをやった。 やらなきゃいけない理由があったということですよね。
僕が勝手に考えた、あの二日間の正体
この二日間が何の日なのか、正確なところは分かっていないそうです。 一説には、当時のファラオの誕生日と、即位した日だと言われているらしい。
ここで僕の勝手な考察が始まります。
もし本当に、個人の誕生日のために、あれだけの精密な計算をして、山をくり抜いて、何千年も残る神殿を建てたのだとしたら。 それってもう、僕らが思っている「尊敬」とか「崇拝」のレベルじゃないと思うんです。
僕は会社で上司に一応敬語を使います。 でも、上司の誕生日に年二十分だけ太陽が差し込む部屋を作れと言われたら、普通に転職します。
それくらい、普通の感情では説明がつかない何かが、当時の人々の中にあったということになります。
僕が夜中に一番ぞっとしたのは、ここなんです。 技術の話でも、天文学の話でもなく、「人の心」の話として、ぞっとしました。
現代の僕らが、誰かのためにそこまでできるかと言われたら、多分できない。 そう考えると、文明が進んでいるのは技術だけで、心の温度はむしろ下がっているのかもしれない、と思ったりしました。
いや、これも「分かったフリ」かもしれません。 当時の人たちが本当に敬愛していたのか、それとも命令されてやっていただけなのか、僕には知りようがないんです。 案外、現場の石工さんたちは「またこの精密作業かよ、面倒くせえな」って愚痴りながら作っていたのかもしれない。 そうだったら、ちょっと親近感が湧きます。
スフィンクスは、本当にあの時代の産物なのか
次に書きたいのが、スフィンクスの話です。
これ、教科書的には「ギザのピラミッドを作ったファラオと同じ時代に作られた」ということになっているらしいんですが、最近は**「もっと古いんじゃないか」という説**が出てきているそうで。
根拠は、スフィンクスの表面の侵食の仕方です。 どうも、水に削られたような跡があるらしいんですよ。
ここで僕は「え、砂漠なのに?」と素直に思いました。 皆さんもそう思いますよね。 砂漠のど真ん中にある像が、水に侵食されている。 これは、ちょっと怪しい。
で、この水は何だったのかという話になると、「大昔に巨大な洪水があったのでは」という仮説が出てきて、一万二千年前頃の出来事だった可能性が指摘されているそうなんです。
一万二千年前。
僕はこの数字を見たとき、正直、鳥肌が立ちました。 だって、人類最古の文明と言われているものよりも、さらに前の話になるからです。 僕らが「人類の文明の始まり」だと思っている地点よりも、もっと昔に、あんな巨大な石像を作る集団がいたかもしれない。
もちろん、これには反論もあって、「侵食は地下水のせいだ」という説もあるそうです。 どちらが正しいのかは、僕には判断がつきません。
僕が密かに惹かれている「忘れられた文明」という考え
ここから完全に、僕の妄想の領域になります。
僕は個人的に、「人類は一度、文明を失っているのかもしれない」という考えが、ちょっと好きなんです。 好き、というのは信じているというより、そういうロマンに心惹かれる、という意味です。
だって、考えてみてください。 もし仮に、今、巨大な災害が起きて、僕ら現代人がほとんど全滅したとします。 一万年後の人類が、ぐちゃぐちゃになった東京タワーの残骸を見て、「これは紀元二千年頃の遺跡だ」と正確に判断できるかと言われたら、怪しい気がするんです。
僕らは「自分たちの文明が一番進んでいる」と、無意識に思い込んでいる節があります。 でも、それって本当にそうなんですかね。
スフィンクスが一万二千年前のものだとしたら、僕らが今まで教わってきた歴史の教科書は、結構な部分を書き直さなきゃいけなくなります。 そして、それに抵抗する人もたくさんいるでしょう。
なぜなら、人は「今まで信じてきたことが間違っていた」と認めるのが、本当に苦手な生き物だからです。
僕もそうです。 昨日まで信じていたことを今日ひっくり返されると、内心「うるせえな」と思ってしまうことがあります。 だから、学者の人たちが簡単には新説を認めないのも、少し分かる気がするんです。
真実よりも、今の枠組みを守りたい気持ちの方が、多分、強い。 それは僕らが特別に弱いわけじゃなくて、人間がそもそもそういう生き物なんだと思います。
クフ王の船と、復元に十四年かかった謎
もう一つ書きたいのが、クフ王の船の話です。
ピラミッドのそばに埋められていた船で、研究者たちがバラバラのパーツを組み直すのに十四年もかかったそうなんです。
十四年ですよ。 僕が新卒で入社してから今までの時間より長い。
何かを「一から作る」のに十四年かかるならまだ分かります。 でも、「すでにあったものを元通りに戻す」のに十四年って、尋常じゃない。
しかも、二隻目の船は今もまだ復元が終わっていないらしいです。 紀元前の人たちは、一体どうやって、現代人が十年以上かけても復元しきれないようなものを作ったのか。
この話を読んだとき、僕は思わず「古代人、強すぎない?」と呟いてしまいました。 いや、多分、強いとか弱いの問題じゃないんです。
彼らには彼らの技術体系があって、それが僕らのものとはまったく違う系統だから、復元しようとしても手順が想像できないんだと思います。
料理に例えるなら、完成した懐石料理を見せられて「これを作った手順を当ててください」と言われているようなものです。 材料は分かる。 でも、どの順番で、どんな火加減で、どんな包丁さばきで作ったのかは、現物だけ見ても分からない。 レシピがないんです。
古代エジプト人は、本当に「僕らと同じ人間」なのか
ここまで書いてきて、僕の中で一つの疑問が浮かんできました。
古代エジプト人って、本当に僕らと同じ生き物なんでしょうか。
生物学的には同じ種であることは、たぶん間違いないと思います。 でも、考え方とか、時間の感覚とか、技術に対する執着とか、そういう「内側の構造」がまったく違ったんじゃないかと感じるんです。
僕は仕事で、ちょっと面倒なExcel作業を頼まれただけで、心の中で舌打ちをします。 何千年も残る建造物なんて、作ろうとも思えない。 というか、そもそも「何千年残したい」という発想自体が、僕にはないんです。 来月の給料日までのことで、頭がいっぱいだからです。
でも古代エジプト人は、数千年先を見据えて作っていた。 その時間感覚って、もう別の生き物と言っていいレベルじゃないですか。
よく「古代エジプト人は宇宙人だったんじゃないか」みたいな話がネタにされますけど、僕はあの話、完全には笑い飛ばせないんですよね。
別に宇宙人だったと本気で思っているわけではありません。 ただ、「今の僕らとはまったく違う感性を持った人間だった」という意味でなら、ある意味で僕らとは別の生き物だったのかもしれない、と思うんです。
ネフェルティティの墓は、一体どこにあるのか
最後に一つだけ。 ツタンカーメンの義理の母にあたる、ネフェルティティという女性の話です。
彼女は当時のエジプトで絶世の美女と言われ、宗教を多神教から一神教に変える改革にも関わっていた可能性があるそうなんです。 それほどの人物なのに、彼女の墓がどこにあるのか、いまだに分かっていない。
一説には、ツタンカーメンの墓の奥に隠し部屋があって、そこに埋葬されているのではないかとも言われているそうです。
僕はこの話を読んだとき、ちょっと映画みたいだな、と思いました。 でも同時に、人間って、大事なものを隠すのが本当にうまいな、とも思ったんです。
僕らも、日記とか、人に見られたくない手紙とか、そういうものを変な場所に隠したりしますよね。 で、数年後に自分でもどこに隠したか忘れる。
古代エジプト人は、それをファラオの墓のスケールでやった可能性がある。 スケールは全然違うけど、やっていることの本質は、僕が昔こっそり小遣いを本の中に挟んで、どの本か忘れた話と、大して変わらないのかもしれません。
そう思うと、急に彼らが身近に感じられて、ちょっとだけ笑ってしまいました。 何千年経っても、人間のやることはそんなに変わらないのかもしれない、と。
謎が謎のままでいることの、不思議な救い
ここまで書いてきて、ふと気がついたことがあります。
僕はこうして古代エジプトの謎について考えているとき、普段仕事で感じているような焦りや、人間関係のモヤモヤを、一瞬だけ忘れているんです。 紀元前千二百年のことを考えている間は、来月の締め切りも、先週上司に言われた嫌味も、どうでもよくなる。
これって、結構大事な時間なんじゃないかと思いました。
現代は、何でも答えを出したがる時代です。 検索すれば大抵のことが数秒で分かるし、分からないことがあると、なんとなく落ち着かない。 でも、エジプトの謎は、検索しても結局「諸説あります」で終わります。 誰も正解を知らない。
そのことが、逆にちょっとだけ、心を軽くしてくれる瞬間があるんです。
「答えが出ないこと」は、僕らが普段思っているよりも、悪いことではないのかもしれません。 答えが出ない問いを抱えたまま、何千年もの時間を越えて人々が考え続けているという事実自体が、なんだか救いのような気がするんです。
僕ひとりが夜中にモヤモヤしているわけじゃない。 何千年も前から、何千人、何万人という人間が、同じように「分からないな」とつぶやきながら空を見上げていた。 そう思うと、眠れない夜も、そんなに悪いものじゃない気がしてきます。
分からないまま、今夜も僕は眠れなくなる
というわけで、ここまで長々と古代エジプトの謎について、勝手な考察を書いてきました。
結局、僕は何一つ答えを出せていません。 アブシンベル神殿の精密さの理由も、スフィンクスの年代も、クフ王の船の作り方も、ネフェルティティの墓の場所も、全部「分からないまま」です。
でも、これでいいんだと思います。 分からないから、こうして夜中に考えてしまうわけで。 もし全部答えが出ていたら、僕は今夜もただ黙ってスマホを閉じて寝ているはずです。
考察というのは、答えを出すためにするものじゃなくて、答えが出ない時間を少しでも楽しむためのものなんじゃないかと、最近は思うようになりました。
分からないまま、気になり続ける。 夜中にふと思い出して、また考え始める。 それができるだけでも、古代エジプトの人たちが何千年前に残してくれたものには、十分な価値があるような気がしています。
明日の朝、目を覚ましたら、多分この記事に書いたことの半分は忘れていると思います。 でも、また別の夜、ふとした瞬間に思い出して、またぐるぐる考え始めるんでしょう。
そういう夜が、嫌いじゃないんです。 むしろ、ちょっと好きなくらいかもしれません。
分からないまま、今夜も僕は、遠い砂漠の神殿のことを考えています。



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